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突発的外伝:王子様の家庭の事情
時は、農耕暦1016年実月10日。ところは、琺夜、王立学士院。
翌月の1日から新学期が始まる学士院において、今は夏休みの真っ只中。
金持ちは避暑地でバカンス。経済的余裕がない者は、川辺や湖畔でピクニック。
図書館前の階段で博士達が激論を交わすこともなく、兵舎でさえ、真面目に訓練しているのは若い新兵のみというこの時季。
交代までの時間と冷えたビールで頭の中をいっぱいにしつつ、不動の姿勢で門番を務める警備兵は、驚いたのだった。
こんな時に、『図書館ではお静かに!』などという怒号が聞こえたことに。
「ちくしょー!!」
俺は、両手でぐしゃぐしゃぐしゃっと頭を掻き回した。
「そら、あいつの癖だ。影響されてるじゃないか」
ユノスの奴、まだ言ってやがる。ムカついたから、奴が図書館で借りた分厚いステラ語の辞書を投げつけてやった。
「本を攻撃に使うとは何事だ!君はそれがどれだけ貴重な書籍か分かっているのか!?それは複写の活版印刷とは言え、原本は帝暦412年の著作だ!1000年もの時を越えた知識の結晶を何だと思っているんだ!?」
「けっ!」
この古文書オタクが。
寝返り打って横向いたら、は〜ぁ、とかわざとらしい溜め息。ってゆーか、わざとなんだが。
「まったく、君はあの男から常識ってものを学ばなかったのか?なるほど、と得心してしまう自分が馬鹿のようだが。僕は先生と、論証し得る美の危険性について意見を交わしていたんだぞ!」
ああ、馬鹿だよお前は。いつどこから敵が攻めてくるか分からないこの軍事大国で、何が論証し得る美の危険性だ。隣の訓練場からたまに飛んでくる流れ矢の方がよっぽど危険だろうが。
「知るか!図書館追い出されたのはお前のせいだろ!!」
「己の非を認めていないなどと言った覚えはないな。確かに、僕にも軽率なところはあったと自省している。しかしながら、僕がまだ君のせいだとも言わない内にそのように食って掛かるのは、君自身、悪いと認めているからではないのか?」
胸に手を当てて考えてみたまえ。
目でそう言って、ユノスは心臓の上に手を置く。
いちいち大袈裟な奴だ。流石ウチの兄貴に見込まれてるだけはある。
「うるせえ!お前なんかお気に入りの奇覯本燃やしてショックで心臓麻痺で死んじまえ!」
また髪を掻きまくって、俺は図書館でこいつと喧嘩になった理由を思い出した。
あの、論証し得る美がどーたらという話で、奴が俺の顔のことを言い出したのが、イラっと来たんだ。
「フォーゲルは美しい。しかし、誰にとっても美しいとは限らない。彼の美の根拠を説明できるか?輪郭の角度や目鼻の距離を測定し、数学的に美しいと論じることが証明になるか?そうした客観的数値を示して、それまで美しいと感じていなかった者の意見を変えさせることは可能か?仮に可能であるとして、そこで見出される美とは果たして真の美であり得るか?」
・・なんてことを、真昼間っから教授と真剣に語り合ってやがったんだ。
奴が俺に嫌がらせするのは、今に始まったことじゃない。そこに奴と教授しかいなかったなら、無視してりゃ済むことだった。けど、他の奴らの視線から、俺が持ってた本を、隠さなきゃならなかったんだ。
くそ、図書館で下着女の画集見てたなんて言い触らされたら、母上に泣かれる。
兄貴どもは絶対笑うけど(そんで、もっとどぎついの貸してくれそうだけど。それはもっと嫌だ)。
それで、声がでかいと文句言ったら、「なぁに、気にすることはない。我々が認める君の美とは、あくまで外見の話だ。君は黙っていれば小さなフルリール様だが、実はクレイ=ユーンの縮小版だからな。これから徐々にあの男に影響されて低俗な人間性に磨きがかかっていくかと思うと、実に嘆かわしい」なんぞとほざきやがった。
そりゃ、いくら俺が素直で温厚でも、ぶち切れるのが当然だろ?
俺だって、好きでこんな顔に生まれたわけじゃねぇ。
好きで派手な兄貴を持った訳じゃねぇし、好きであんないい加減な養育係をつけられた訳でもねぇんだ。
それに、こいつは師匠を侮辱しやがった。
師匠は筋肉馬鹿だし、貴族社会の常識からかけ離れてるし、女に言い寄られたらすぐころっと参っちまう(俺には隠してるけど、それぐらい知ってる)どーしようもない人だけど、お前みたいな陰険野郎より百倍ましな人間だよ。
そんで、俺が奴に飛び掛って、乱闘。
当然の成り行きで、二人仲良く図書館から蹴り出されたって訳だ。
「言葉は慎重に選べ、フォーゲル。ここがザルゼークなら、私は君に呪いをかけられたとして告発することができるぞ」
「・・お前は。だったら呪ってみろよ、ザルゼーク語で」
「君は、本当に成績の為に必要な勉強しかしないんだな。ザルゼーク語などというものは存在しないと、教わらなかったか?公式な文章はイミール語、極稀にステラ語やラニオ語で記されるが、多種多様な民族がそれぞれ独自の言語を使用している為、現在のザルゼークには統一言語などというものが存在し得ないのだよ」
ユノスの奴、これで13歳だってんだから、笑わせる。
まぁ、俺だって、ここ学士院じゃあ優秀だった。一応、哲学と文学史以外の成績はこいつに負けたことない。
負けた理由も、俺は満点取ってたのに、奴の方があんまりマニアックで出来過ぎた論文書きやがるから、教師が追加点出したからだし。
成績の為に必要な勉強しかうんたらというのは、こいつなりの負け惜しみなんだと思っておくことにする。
こいつは自分が賢いと思ってるらしいけど、偏った知識を偏愛するただのオタクだしな。
そう、
この俺、琳(フォーゲルって名前は好きじゃない)と、この院・ユノスは、仲が悪い。
学士院のエリート同士、片親が外国人もう片親が遊び人同士で、いけ好かないって言われてる同士だけど、別に共感なんてない。逆に、嫉妬とか憎悪とかそういうのもない。
事情がなけりゃ、いけ好かないから近づかない、で済むんだ。
成績張り合ってたのも、お互い自分らの家門と親を立てる為であって、俺は本当のところどうでもいい。ユノスだって、試験日前日に試験内容と全然関係ない幾何学の本が手に入ったって浮かれてたと思ったら、当日遅刻したようなアホだ。
・・まぁ、一月とちょっと前に学位修了認定証取って卒業しちまった今となっては、既に遠い思い出だが。
互いにどうしようもねぇ家庭の事情ってもんがあって、今も仕方なく顔つき合わせてる。
「君は外務省に配属が決まったということだが、諸外国についてもう少し造詣を深めた方がいいんじゃないかね?」
「お前は大学と古記録保管所だっけ?適任だな」
「・・で、君の母上はもしかしてお風邪を召されたり、ちょっと転んで捻挫してダンスは無理だったり・・しないよな?」
「お前んとこの母さんも、シノアで開いた古傷が今頃痛み出して寝込んでたりしないよな?」
俺達は互いの顔を見て、この時ばかりは本当に同情と共感を込めて、諦めの溜め息をつく。
ってことは、今夜の舞踏会で、俺達の母親達は確実に鉢合わせることになる。
急に最悪な父上が帰って来たり、どっか敵の軍隊が琺夜を襲ってくれたりしない限りは、女狐だの雌豚だの突き合う女同士の醜い争いの場にいなきゃならないんだ。
彼女らは、偉大な母親だ。
私闘で息子を悲しませるようなことはするまいと心掛けてるらしいから、俺とユノスは毎度毎度、「ほら、俺達こんなに仲良し」と主張して、母親達の和解の為に神経を磨り減らす羽目になる。
・・セルズ軍でも、アウリア海の反乱分子でも、この際何でもいい。いっそ襲ってくれ。
逃げるっていう選択肢は、初めから有り得ない。そもそも俺達の卒業祝い兼就職就学祝いを名目にした舞踏会なんだから。
「・・僕、もうこのまま君の家行ってもいい?一度帰ったらそのまま寝台に入って具合が悪くなりそうだ」
馬鹿言え。ふざけんな。俺なんか逃げ場もないんだぞ。舞踏会の会場は俺の家なんだから。
「服とかどーすんだよ?母さん、準備してんじゃねぇの?」
「母さんは寝てるよ!朝まで男といちゃついてたんだからな!」
ユノスが喚く。涙目で。
・・ごめん。今のはマジごめん。
そうだ、お前の母さんはそうだった。そりゃ帰りたくないよな。うん。
「君の家、子供用の礼服なんか腐るほどあるだろう。君は兄弟のお古なんか着たこともないだろうしな。僕の身支度のことなら、フルリール様が何とかしてくれるさ」
ああそうか。今日は兄貴が家にいるんだった。
連れて行っても、二人で文学批評やら哲学論議やら勝手にやるだろう。オタクが何か始めたら一般人は立ち入れないってのは既に我が家の常識なもんで、俺が無理してこいつと仲良いふりする必要はない。
「いいよ。だが、師匠がいるかもしれないからな。失礼がないようにな」
ユノスは師匠を嫌ってる。母親がことあるごとに師匠を誘惑するせいだ。
俺から見たら明らかにそうなんだが、こいつに言わせりゃ、師匠が母を狙ってるらしい。とんだマザコンだ。
「ああ構わない。君達は外で野猿のように戯れていたまえ。僕とフルリール様の高尚な時間さえ邪魔しないでくれたら文句はない」
こいつは・・他人の家上がり込むって決めてその態度かよ。
「お前こそ、兄貴の真似して変態道まっしぐらじゃねぇかよ。いちいち言うことがキモいんだよ」
「君は何ということを!あの方と血を同じくするという栄誉を授かりながら・・いや、名馬同士を掛け合わせても時には駄馬が生まれるものだ。致し方ないことと言うべきか・・」
俺達はまた睨み合ったけど、これ以上気の合わない奴と話してる時間が勿体ない。
その点で合意に達した俺達は、無言で腰を上げた。
シェオ・フローリィ宮敷地内、ペリード城。
「私がそんな帰納法的実証に満足すると思うか!?」
「やれやれ・・誰もそんなことは言ってないだろう?論理における命題の正当化とは、往々にして諸科学による検証結果とは非なるものであるという前提を・・」
家に帰ったら、ここでも濁声と金切り声が喧嘩してた。
俺と同じ、e葵とアサギ=ペリード・クリスタロスから生まれた兄ども、ファルツとフルリールが。
こいつらは、俺と違ってスノゥリィ一族の名前よりペリード一族の名前の方が気に入ってる。変な話だが、その方がこの琺夜でも浮かずに済むんだよな。琺夜では、何故か王族だけ名前が普通じゃないから。成人式で知らされる『本当の名前』ってやつを隠す為らしいが。
「だから翡翠は必ずしも緑色ではない!」
「それが証明されたからってこの問題には何の関わりもないだろう!確かに以前僕が挙げた例証は不適切だったさ!でも、一つの命題が否定されたからと言ってあらゆる論証を無益と断じる態度こそが・・」
しかし、下らねぇこと言い合ってやがる。
奴らに言わせりゃ、喧嘩じゃなくて純粋に意見の対立が多いだけ、ということらしいが、俺にとっちゃ喧嘩と同じだ。殴り合いで片がつかねぇ分、よりタチが悪い。
「ただいま!」
ユノスの奴が目ぇきらきらさせてこれに加わる前に、俺は大声で自分の存在を主張しておく。
兄貴どもの顔が、同時にこっちを向いた。
「おかえり、琳。おや、今日はお友達が一緒だね」
真っ先にユノスに目を留めたのは、やっぱフルリールだ。
こいつは二二歳。美形一族と言われてるらしいスノゥリィ家の中でも抜きん出た美人で、変人一族と言われてるペリード家の中で一番の変態だ。
むかつくことに俺の顔は、こいつが子供の頃にそっくりらしい。
「ほ・・本日もご機嫌麗しゅう、フルリール様」
ユノスの馬鹿、赤くなってやがる。気色悪い。
フルリールはいっつも女みたいなひらひらした服着て、化粧もばっちり。背中にかかる金髪は、さらさらに梳いてある。
師匠が同じ服着たら仮装パーティーで笑いが取れるところだが、兄貴の場合、これが似合ってるところが恐ろしい。
フルリールは声楽家で、舞台俳優で、バイオリニストで、花使いで、砂糖菓子職人?っつーか飴細工の名人で・・他にも色々やってるけど、とにかくやたらと幅広い分野で活躍してる芸術家で、ファンが多い。
ユノスが外面だけでも俺と仲良くするのは、絶対俺をダシにして兄貴に会いに来れるからだ。
「琳、いいものを見せてやろう。これがクリシュエールの蛇紋岩だ。ここに、青紫が見えるだろう。ここまで透明感があり、なおかつ鮮やかな菫色。もっと薄いラベンダー色なら珍しくないが、この色はカリストーヴァ鉱山からしか産出しないんだ!」
俺に石の塊を差し出したのは、上の兄貴。
二四歳のファルツは、鉱物博士。学者っつっても、ユノスが目指してるような本の虫じゃねぇ。いつも世界中の石切り場やら鉱山やらに出かけては、鋼夫と同じ仕事して標本集めてるから、家にはあんまり居つかない。
首や肩にすごい筋肉がついてて、手もごつい。いつも砂粒を吸い込んでるから声は野太くてがらがらだし、宝石泥棒を尋問するのに慣れた目も鋭い。短い茶髪が上に向かってつんつん立ってるのがかっこいいとか言う女もいるけど、これは髪型を作ってるんじゃなく、癖をそのまま放置してるだけだ。人形みたいなフルリールとは、全然似てない。
「ふ〜ん・・綺麗だな。で、今度は何の研究したいんだ?」
「決まっている!この菫色の原因となる遷移元素の特定だ!鉄かチタンかマンガンか・・そもそもこれは本当にイノ珪酸塩鉱物なのか・・」
あぁ、論理学の話が鉱物学の話になったって、どっちみち俺はついてけないんだよな。
こんな研究、琺夜では誰もやってないし、設備もないから、ファルツは数日中にまた碧龍天楼に行っちまうんだろう。俺を祝う為に帰って来てくれたってことは、やっぱり舞踏会、すっぽかす訳にいかねぇよなぁ・・
下の兄貴ほど派手じゃないが、やっぱ上の兄貴も有名人だ。
何でも、岩に耳当てて音聞いただけで、どこに鉱脈が走ってるのか、どこを叩いたら綺麗に割れるのかが分かるらしい。ってことで、工務省で顧問やってる。
あと、この家には母上の姉上から生まれたマルヴェって人も一緒に住んでる。
俺にとっちゃ、従兄で異母兄っていう関係の人だけど、伯母上が若い頃に死んじまって俺が生まれた時から一緒にいるから、一番上の兄貴みたいなもんだ。
マルヴェは二九歳なのにもう内務卿で、首席宰相が任命されてない今は、実質国王以外に上の者がいない、ナンバーワンの閣僚だ。王宮の本館で国王陛下――その人も、俺とは腹違いの兄弟になるんだが――と一緒に行政の仕事をやってる。
なんつーか・・すごいんだよな。俺の兄貴どもは。
全員何かしら特別な技能があって、第一線で活躍してるんだから。
これだから、俺は肩身が狭いんだよな。
学士院で優等生になったって、誰も凄いなんて言っちゃあくれねぇ。いや、口では褒めてても、親も教官も、このぐらいは当然だろって顔しやがる。
「お前はどんな凄いことができるんだ?ほら、見せてみろ」って期待されても、実際俺には「成績優秀」以上の特技はないから、皆がっかりする。
阿呆、無茶言うな。一つの家にこれだけ子供がいたら、一人ぐらい落ちこぼれがいて当然だろうが。
大体、上の兄貴どもは、皆赤ん坊の頃から賢い家庭教師がついてたんだ。それも、ユノスなんか目ん玉剥いてぶっ倒れるぐらい高名な学者が何人も。
それが、俺につけられたのは師匠一人。
クレイ=ユーンに師事していると言えば、皆有名な法学家のことだと思って流石ペリード家は羨ましいとか勝手言いやがるけど、俺の師匠は同名の弟の方だ。
まだ二三歳で、つまり俺がもっと小さい頃なんかは本当にガキだった。
というのも、母上がフルリールの遊び友達に小遣い与えて末息子の世話を押し付けたってだけの話だからな。
母上の愛情はいつも兄弟に平等だけど、こればっかりは差別を感じずにいられない。
兄貴どもには、金に糸目をつけずに英才教育。
で、何で俺だけ、男前で腕っ節が強いぐらいしか取り得がない、しかもデートやら戦争やらで毎度俺を放って置く碌でなしに教育されにゃならんのだ?理不尽じゃねぇか、どう考えても。
一度、母上を問い詰めたら、「あなたの兄さん達を育てて、ようやく情操教育が大切だと分かったのです」だそうだ。俺は全然納得してないが、続けて「あなたは私の大事な子ですよ」と言われちゃあ、二の句が次げなかった。
母上は、俺が出自を疑ってると思ったらしい。くそ、父上が女にだらしないから、こんなことで母上が悲しそうな顔するんだ。呪われろ、くそ親父。
・・はぁ、自分が駄目なのを教師や親のせいにするなんざ、情けない奴だよな。俺って。
「お?琳、もう帰ってたか。おお、ユノスも一緒か。さっきまでお前の母さんと会ってたぞ」
あ、出た。師匠だ。
「へぇ・・母と。どこにいたんですか?」
げ。ユノスのこめかみがぴくぴくしてる。違うって!昨日お前の母さんと一緒にいたのは師匠じゃないって!
「は?兵舎に決まってるだろ。弩の使い方教えて貰ったんだけどな。先輩、しつこいんだよ。シノアで最新兵器の試し射ちができなかったからって、次の戦に持ってけって。あんなもん、嵩張るだけで邪魔だってのに聞きやしねぇ。俺の隊は機動力が命だってのに」
師匠・・何であんたはそんな鈍感なんだ?
「へーぇ・・誘っておいて親しくなったらその関係が重いと。もっと他で遊びたいと・・あなたにとって母さんはその程度の・・」
ユノスよ・・何でお前はあの殺伐とした台詞からそこまで妄想できるんだ?
お前じゃあるまいし、この師匠に、他人を暗喩でおちょくるような教養とセンスと陰湿さがある訳ないだろ。
「おい師匠!今日こそ訓練付き合えよ!何ヶ月待ったと思ってんだ?こないだだって、マルヴェと何か話してたら、いきなり走って行っちまったじゃねぇか!」
別に、この人と一緒に武術訓練するのが大好きって訳じゃない。でも、これ以上ユノスと同じ部屋に師匠がいる空気は耐えられないから、そう言った。
「あれはだな!そもそもフルリールの奴が!・・あ〜、悪かった」
ん?
「おやフェオ、僕がどうしたんだい?もしかして、窓を割って侵入したのは、僕の美しさを間近で称えんとする情動に突き動かされたが為とでも言いたいのかい?」
はぁ・・
「フルリールよ、貴様は少し言動を慎め。いつもいつも迷惑を被るのは周囲の人間なんだ。態度を改めないことには、その内クレイ殿にも見限られるぞ」
「兄さんは固いねぇ・・義姉さんをほったらかして一年以上帰って来ないような人が、僕に態度を改めろとは片腹痛いよ。愛とは秘めるものではない。溢れ出る情熱を体で最大限表明しなければ、愛は愛たる価値などないんだよ!・・ああ、全ての愛情は石に注ぐってことかい?淋しい男だね」
「だから貴様はどうしていつも!」
そんで兄貴どもは、また口喧嘩おっ始める。よく飽きないもんだ。
フルリールがふざけたこと言い出して煙に巻いたけど、師匠は何か言いかけた。
きっと、俺には知られたくない黒い事情だろう。ほんと分かり易いよな、この人。詳しく聞かないけど。
「ああ!琳!フェオ!君達だけでもさっさと出て行ってくれたまえ!一つの部屋にこうも男ばっかりじゃ、むさ苦しいったらありゃしない!特にフェオ!汗臭いよ!」
ユノスがまだ師匠を睨んでるのを察して、フルリールが言う。
兄貴どもは、場の空気や人の心を読むのもすごく上手い。これが誰かに手の込んだ嫌がらせを企んでる時なんかは腹黒以外の何物でもないんだが、俺は今みたいに助けられることの方が多い。
「お前なぁ・・そろそろ琳が帰って来るから世話してやれって呼び出したのテメェだろが?人を呼びつけといて、その態度はないんじゃねぇか?」
師匠、あんたも大人なら、そういう他人の気遣いは黙っとくもんだぜ。気づいてないんだろうけどよ。
「ああ、フェオ。いつもながら、君の鈍さには涙が出るよ。この僕がこんなに弟を想って夜も眠れず食事も喉を通らず常に気を配っているなんて、琳が聞いたら恐縮してしまうだろう?」
うん。感謝する気がなくなった。
はぁ・・敵わねぇよな、ほんと。
続く・・かも |
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