第10章 Iolar 〜鷲〜


 「よし!こんなもんだろ」

 「あのさ・・クレイ・・」

 「しかし流石さすがだな。こんな器械きかいをあっという間に組み立てちまうとは。後は照準しょうじゅんさえ合わせてくれりゃ何とかなりそうじゃねぇか」

 「・・ここまでやって何だけどさ、やっぱり・・」

 「よぉし!今のところは見晴らし良好。霧が来る前に頼むぞ!」

 「・・・・」

 ひきょうはがっくりと項垂うなだれて、誰かこの気違きちがいじみた作戦を止めてくれないだろうかと思った。

 大隊バタイヨンの仲間達は、それぞれあきれ果てた顔をしているだけで、何も言わない。

 アルバレートの設置に使う筈だった時間をこの馬鹿げた準備にててしまったせいで、既に後戻りはできない。グエン将軍がここにいたとしても、クレイの作戦は結局続行することになるだろう。

 「あぁ・・俺は何やってるんだ。兄上は何やってるんだよ!!」




 ジァヴとザンの乗った小船は、黒々とした軍艦ぐんかんの群れにゆっくりと近づいて行った。

 「ジァヴ様!」

 ジァヴはびくっとした。

 ザンの視線を追うと、何かがするどい音を立てて飛んで来る。

 人の頭蓋骨ずがいこつつらぬくのに十分な速度と強度を持つであろうそれは、ジァヴに届く寸前で勢いを無くし、ころんと船底に転がった。

 鋭いやじりを持った矢だ。

 ザンはほっと胸をで下ろし、空気に向かって礼を言う。

 「・・助かりました。シォダ様」

 「・・・・」

 ジァヴは、黙ってかいぎ続けた。

 (私、狙われたのかしら?)

 ザンは何を見たのだろう。飛んで来る矢に気づいたのだとしたら、矢が届くのが遅過ぎる。自分を狙った狙撃手そげきしゅがいたのだろうか――ザンの味方の中に。

 それより、またシォダの名前。

 風をあやつるザンと、もっと強力な力を持つらしい王。

 シォダも、彼らと同じことができるのだろうか。

 あらためて思い返せば、思い当たることがいくつもある。

 父は、シォダやイーファの見ている世界も、見えず、聞こえず、触ることができないだけで存在しているのだと言っていた。

 だとすれば・・

 「・・精霊シーに、王はいるの?」

 唐突とうとつな質問に、ザンは目を丸くした。

 ジァヴはちょっと赤くなる。

 「私が変なことを言っていると思ったら、笑って。・・夢の話なの。私が悪夢を見ている時に、水の精霊の王だっていう、不思議な女の人が話しかけてきたの。セルズの磁器人形ビスクドールみたいに表情がかたくて、すごく不気味ぶきみなんだけど、しゃべり方は子供みたいな人。その人が、私が“藍の虹ブレ”の族長になったって言ったの。名前は・・」

 「ジァヴ様」

 ザンは、厳しい声でさえぎった。

 「精霊王リィ・シーについて、私は何も答えられません。しかし、一つだけ警告しておきます。与えられた精霊の名を、不用意に口外してはなりません。のろいが降りかかります」

 ジァヴは困惑した。ザンの顔は、真剣そのものだ。では、あれは夢ではなかったのだろうか。『精霊』とかいう神秘的しんぴてきな存在にしては、あの女性はあまりにもおどけていたのだが。

 「彼女は私を守護しゅごすると言ったわ。でも、今まで一度も助けてくれなかった」

 ザンは首を振った。

 「精霊の価値観は、人のものとはかけ離れています。明確に名を呼んで助けをわない限り、彼らが我々の世界に干渉かんしょうすることはないのです」

 「そう・・」

 ザンは何だか居心地いごこちが悪そうにもぞもぞし、急に話題を変えた。

 「ジァヴ様!念の為に、顔を隠していて下さい。その・・」

 「分かってるわ。ハリネズミになるつもりはないから」

 ジァヴは王が残していった黒いマントを顔に巻きつけ、覆面ふくめん代わりにする。

 それから、ジァヴは何も喋らなかった。ザンも、口をつぐんだ。

 二人を乗せた船はゆっくりと、一番大きな旗艦きかんに向かって進んで行った。




 「ザぁン!!よくやった!よくやったぞ!!」

 二人が縄梯子なわばしご甲板かんぱんによじ登ると、待っていたのはナギ島のチーアーナ、ニーツァイセンだった。

 潮風しおかぜでごわごわになったとび色の髪と長いひげ。筋肉のしっかりしたごつい体。鞣革なめしがわのような色と質感の肌。身の丈は約2メートル。

 理知的で痩身そうしんのザンには、あまり似ていない。ジァヴはあの琺夜の将軍ライカンを思い出し、ひそかにぞっとした。

 彼は大きな体でつぶさんとするかのように息子を抱擁ほうようし、頬擦ほおずりする。

 愛情にあふれた父親の割には、ザンの胸を穿うがつ大きな傷に気がついた様子はない。息子が宝箱のかぎを持って来たことが、余程嬉よほどうれしかったのだろうか。

 ザンの対応は、冷ややかなものだった。

 「父さん、女王の御前です。ご挨拶あいさつを」

 ニーツァイセンは、まず市場に並ぶ魚を値踏ねぶみするような目でジァヴを見た。

 ますます、ライカンにそっくりだ。

 嫌悪感が込み上げて来てきそうになったが、ジァヴは覆面をずらして顔を出し、胸を張った。

 途端とたん、島長が笑い出す。馬鹿にしたように。

 「おぉ、ザンよ!あのように、無い胸を突き出されてもな。欲情よくじょうしようもないだろうが、まあ頑張れ。あと数年も経てば少しはみのってくるだろうよ!」

 それは島の言葉だったが、ザンいわく、双牙列島諸国の言葉とシノアの言葉は、セルズの言葉と琺夜の言葉よりもよく似ている。リズクと長い時間を過ごしたジァヴには、何となく理解できた。決して愉快ゆかいな意味ではないことが。

 「ごきげんよう、ニーツァイセン。スイヴナ殿はどうしたのです?」

 呼び捨てにされた島長は、今度こそジァヴの目を見た。

 息子をからかうのをやめて、大きな体で威圧いあつせんばかりにジァヴを見下みくだす。

 「ようこそ、シノアの女王どの。私には敬称けいしょうをつけて下さらんのかな?」

 まるで言葉の間違いを指摘してきする時のような、笑いをふくんだ問いかけだった。

 「ハルスターは王国リーハッです。同じリィに対しては、敬意を払いましょう。スイヴナ殿があなたと対等に接するなら、私もそれにならいますが」

 ニーツァイセンは笑みを消した。

 にらまれても、ジァヴはつんとましている。

 ハルスター島の立法者の長チーアーナ・クラン・アン・ドゥリーは、セルズのベルゼゲル王に征服せいふくされて以来、“王”を名乗っていない。それでも、スイヴナはれっきとしたハルスター王国の継承者けいしょうしゃだ。

 ザンも、リズクにはちゃんと敬意を払っていた。島長達が集う集会の場では同じ立場だとしても、やはりただの“チーアーナ”と“国王リィ”は別格べっかくの存在だ。

 「スイヴナは、ここにいない。島に帰った」

 なるほど、とジァヴは思った。今、連合軍を取り仕切しきっているのは、この男なのだ。

 「ではニーツァイセン、あなたにお願いがあります」

 ニーツァイセンは、またにんまりと笑顔になった。

 生意気なまいきなお姫様だが、身柄みがらの保護を求めに来たに違いない。

 そうなれば、こっちのものだ。女王から直接助けを求められたなら、ザンをその夫にしても、他の島長達に文句を言われる筋合すじあいはない。

 「退却たいきゃく――あるいは降伏こうふくして下さい。今すぐ」

 ニーツァイセンは、目を瞬いた。

 意見を求めようと息子を振り向くと、ザンは静かにうなずく。

 「聞こえませんでしたか、父さん?」

 ニーツァイセンは、獣のようにのどの奥でうめいた。

 「――何故だ?我々は敵を圧倒あっとうしている。先制せんせいは向こうに取られたが、負けることなど考えられん!」

 「私達は琺夜の王にいました」

 ジァヴは何度か味わった恐怖を思い出しながら、言った。

 「彼には、勝てません。戦いを止めて下さい」

 ザンも、少し震えながら目を伏せる。この反応を、ニーツァイセンは完全に誤解したようだった。

 「なるほど!!蛮族フィアンの王が自分のしとねから和議わぎの使者を送り込んで来たか!」

 ジァヴはこぶしにぎって、この侮辱ぶじょくに耐えた。

 「先制を取られた、と言いましたね?本当に勝てると思っていますか!?

 ジァヴは大声で言った。途端とたん、近くで聞き耳を立てていた兵士達が不安そうに顔を見合わせる。

 ニーツァイセンはあせった。前衛ぜんえいの島長達がち殺されたり、船をひっくり返されたり。そんなこんなを目の当たりにして悪魔ディアバルやいばを向けてしまったと騒ぐ兵士達を、何とか激励げきれいして混乱こんらんを収めたところなのだ。

 これ以上、小娘に余計なことをわめかれて士気しきを乱されてはたまったものではない。

 「ザン!女王を連れて行け!」

 ザンは言うことを聞かず、その場に座り込んだ。ニーツァイセンは息子を怒鳴どなろうとして、やっと彼の負傷ふしょうを見る。

 即座そくざ致命傷ちめいしょうではないにしても、血を流し過ぎて死にいたる可能性はある傷だった。

 「ザン!?衛兵!この娘を捕らえろ!!」

 ジァヴはあきれ返った。

 この男が、本当にザンの父親だろうか?

 兵士達もうんざり顔だが、ともあれ島長に言われた通りジァヴを取り押さえようと近づいて来る。

 ジァヴは息を吸うと、口の中で小さくつぶやいた。

 「武器が欲しい・・瑞香君ルイシャンジュン

 “了解♪武器の名前を言ってみな。世界標準語ファブリシス、クリシュエール語を続けてブランク2秒以内に発音するのさ♪古代神聖語コリトプスに自動変換へんかんするよ☆”



 「・・・・」

 ジァヴは眉間みけんを押さえた。

 当たり前のように、おちゃらけた返事が返って来た。何なんだ、これは?

 だが、今まで知らなかった世界について考えているひまは無い。武器の名前と言っても、「やりSleaスレー」では駄目だろう。

 幸い、名前を知っている武器がある。

 王家の家宝。

 その昔、戦乙女ジァヴが英雄オシルに与えたという伝説の武器――

 「雷槌いかづちTintreachasurチントラハッスール

 “ぴんぽーん♪認証にんしょう完了!”

 落雷そっくりの轟音ごうおんがしたと思えば、ジァヴの手の中に、あの短槍フラメアがあった。

 つばさを広げたわし刻印こくいんが、今やはっきりと輝いている。

 「さて、と・・」

 ジァヴは手の中で槍を転がし、驚いている最初の一人をぶちのめした。




 「・・何だこれは?」

 気を失いかけたザンを抱き起こしたニーツァイセンは、不可解ふかかい不愉快ふゆかいに眉をひそめていた。

 空からジァヴに向かって、かみなりが落ちて来た。

 かと思えば、細腕の少女が振るう槍に兵士達が片っ端からたたきのめされている。

 最初にかかった者達には手加減があったかもしれないが、今ジァヴと武器をまじえている兵にそんな油断ゆだんはない。

 にもかかわらず、

 「一五・・六人・・」

 やられていく部下を数え、ニーツァイセンはぞっとした。

 この少女は人間ではない。いや、さっき落雷と一緒に神がりて来てジァヴに乗り移ったに違いない。

 その証拠に、あの蒼褪あおざめた瞳があんなに輝いているではないか。あれはにじつかさどる七柱の女神の一人、ブレの色だ。

 ニーツァイセンは息子を連れて逃げ出そうとしたが、彼の悲劇ひげきはこれで終わらなかった。

 今まさに、飛んで来ていた。




 霧を追うようにゆっくり陸まで飛んだ王は、そこで待機たいきしていた天狼てんろうの背に飛び乗った。

 やはり、空を飛ぶならこちらの方が断然だんぜんいい。

 さて、戦場はどうなっているだろうか?

 「イリカ港へ」

 行き先を告げると、翼馬はぶるっと鼻を鳴らし、猛烈もうれつな速度でけ出した。




 「陛下!」

 「陛下だ!」

 「うわぁ、どうするんだ!?」

 琺夜の兵士達は、何だかやけに足立あしだっている。

 戦闘せんとうの前に気を引き締めて貰わねば困るのだが、何かあったのだろうか?

 「兄上兄上兄上の馬鹿〜っ!!」

 自軍の陣地じんちに降り立った王は、いきなりひきょうに飛びつかれて、後ろにすっ転んでしまった。

 「何だおい何事だ!?」

 幼い時分じぶんならともかく、最近この弟はどんどん重くなっている。力任せに体当たりされて安全に受け止められるとは限らないのだから、いきなり飛びついて来るなと何度言えば分かるのだ。

 兄を押し倒した翡は、どうやら説教せっきょうを聞く気はなさそうだ。一言あやまってから、だぶついたえりつかんで飛び起きた。引っ張られて首がまりそうになりつつ、王は一緒に起き上がる。

 「翡・・」

 「どこ行ってたんだよ!?何してたんだよ!?」

 両肩を掴んでがくがくがくと揺さぶられ、琅珂ろうがはうんざりする。

 弟の両目に涙が浮かんでいる。どうやら、心配をかけたようだ。

 ここにもなだめねばならない者がいるとは、今日は厄日やくびだろうか?

 「兄上がっ!兄上がいないからっ!クレイがクレイがクレイが!」

 「あ〜!陛下陛下!ちょっと聞いて下さる?もぉ信じられないんだから!」

 こっちにやって来るサレアに顔を向けた王は、何とか弟を振りほどいて彼女に向き直った。

 混乱している翡よりは、彼女の方が話をし易いだろう。

 「何事だ、グエン。・・クレイ=ユーンはどうした?」

 サレアは色っぽい溜め息をついて、両手で豊満ほうまん乳房ちぶさを抱えた。

 かがんで横向きの顔を突き出してきたので、王は礼儀通りほおの両側に口付ける。

 挨拶あいさつが終わると、サレアはちらっと投石器カタパルトを見上げ、次に流し目で翡を見た。

 「開戦までに、投石器の設置は間に合いませんでしたの。私が聞きたいですわ。何故それが完成してしまっているのか

 「・・・すみません。止めるべきでした」

 翡が、腰を折って謝ると、サレアはあごをしゃくるように大きく頭を振った。

 「私も甘かったわ。あの男がそれぐらいやるってこと、分かってたのに。一回ぐらい女の子に負けたからって、へこたれて従順じゅうじゅんになる訳がなかったわね」

 「・・・・」

 事態じたいが飲み込めてきた王は、だがまさかと思いつつ、敵艦隊に目をらした。

 まだ、霧は薄い。

 視力はいい筈だが、ここ数日の寝不足のせいか、少し遠くがぼやけて見える。

 翡が首からげている双眼鏡そうがんきょうを取り上げてのぞくと、一番大きなガレー船ガレールの上であばれている将軍が見えた。それから、クレイと背中合わせで戦っているジァヴも。

 「・・・・」

 背後の投石器カタパルトを振り返り、問いかける。

 「奴は、これで飛んだのか?」

 翡とサレアは申し訳なさそうな顔で、同時にうなずいた。

 王は無表情で、天をあおぐ。

 「陛下・・どう思われます?」

 サレアが問うと、王は首を振った。

 「グエン。俺は、どうやら奴にりがある。ゆえに、しばらくは奴の性癖せいへきや行動について不満を言い立てるつもりはない」

 サレアはぶるぶると体を揺すった。

 「男同士で友情をはぐくむのは結構ですけれど。後輩に作戦をぶちこわされた上、あんな無茶をされると、私は不満ですわ。彼には言いませんから、率直そっちょくなご意見をどうぞ」

 「・・アホだ、あの男は」




 短槍フラメアを振り回すジァヴは、後ろに体をひねった時、ついでにクレイの動きを一瞥いちべつした。

 どうやらこの男は、強かったらしい。

 今もひじがぶつかるかと思ったが、実に精確せいかくにジァヴの呼吸に合わせて戦ってくれる。

 しかし、何だっていきなり空から降って来て、しかも何の疑いもなく自分に背中をあずけているのだろうか。

 それにしても、この兵士達はそんなにシノアの女王を生け捕りにしたいのだろうか。こんなに手を抜かれては、全く歯応はごたえがない。

 「あんた、何でそれ、やらなかったんだ?」

 合間に、クレイが話しかけてきた。

 ジァヴはちょうど敵兵の肩当かたあてつらぬいたところだったので、すぐにクレイの質問を理解した。

 「今に、知りました。この槍は、速い回転にこわれないこと」

 手の中で槍を転がし、すべらせて高速回転させながら石突いしづきを押し出せば、普通に槍を突き出すよりも高い貫通力かんつうりょくを得ることができる。

 こんなことは、いつも使っていた練習用の槍では無理だった。

 木製の槍はすぐに穂先ほさきが折れ飛んでしまうし、少年達との手合わせでは、手加減てかげんの方法しか学ばなかったのだ。

 「あなたと戦う時、手を抜きませんでした」

 れない世界標準語ファブリシスでは全て説明できなかったが、クレイは納得なっとくしたようだった。

 大きな剣の腹で敵の顔をたたき、気を失ったそいつを遠くに蹴飛けとばしながら、わめく。

 「よっぽど弱い相手としか戦ったことがないんだな!天才ってのはいるもんだ。そんな顔しなくても、こいつらは本気だよ!」

 ジァヴはびっくりした。

 「彼らは本気、こうなのですか?」

 言われて見れば確かに、敵はジァヴが振るう槍を目で追えていない。

 こめかみに一撃入れると、何が起こったのか分からないという顔で簡単に倒れす。

 「・・私、は、強いですか?」

 クレイは、はっと息を吐き出した。

 「十五の時、俺に勝てる奴は化物だと言われたよ!武術の教官にな!」

 ジァヴは二人のひたいを一度に斬りきながら、クレイの腰を見た。

 吊っているさやは、ごく当たり前の長剣をおさめる為のものに見える。

 彼の剣は大剣クライモーだと思っていた。いや、今敵の長刀ハルベルトを折り斬った刃物は、もっと大きくて湾曲わんきょくしている・・かと思えば、細いきりのようにも見え・・

 ジァヴは、はっとした。

 あの剣は、持ち主の望みに応じて形を変えているのだ。

 「・・あなたも、本気でしたか?」

 決闘の時、彼こそ何故これを使わなかったのだろう?

 クレイはジァヴの横顔を見つつ、わきを刺そうとした敵を左拳で撃沈げきちんする。

 「重いんだよ、こいつ。こんな風に細くなっても、なっ!」

 話しながら、クレイは一息で大柄な敵の脹脛ふくらはぎ脛当すねあてごと刺し貫く。

 血が降りかかると、つかの部分にめ込んである灰色の宝石を透かして、スノゥリィ家の紋章が見えた。

 ジァヴは目をそむけ、飛んで来た矢を叩き落とす。

 あれも、伝説の武器なのだ。有名な英雄伝説の中に、「炎のように変幻自在へんげんじざいの剣」をあやつるジーラッハという王子の話がある。何故この男がそれを持っているのか知らないが。

 「これも国宝だが、陛下には重過ぎて持てないんでな。それに、俺も子孫の一人だ。権利がない訳じゃない」

 ジァヴは舌打ちをした。

 つかれてきた。倒しても倒してもきりがない。

 「あの、」

 「ああ、べるか?」

 クレイが自分の左腕をき出す。

 ジァヴは今更いまさらながらに楽しいことを自覚して、不機嫌になった。

 こんな風に自分の力が認められるのも、多くの言葉を必要とせずに意思いしが通じてしまうのも、初めての感覚だ。

 この男は、リズクのかたきだと言うのに。

 「はい!」

 ジァヴは槍の石突いしづき甲板かんぱんたたくと、クレイの腕に飛び乗った。

 持ち上げられるタイミングにぴったり合わせて、曲げたひざを伸ばす。



 どよめきが、一層膨いっそうふくれ上がった。

 宙を飛んだジァヴは、兵士達の作る槍衾やりぶすまを飛び越え、逃げようとするニーツァイセンをにらみつける。

 「だあああああああああっ!!」

 島長はぎょっと振り返ったが、もう遅い。



 上空から一直線。
 鋭い目で獲物えものを見据えるその姿は、滑空かっくうするわしにも似て――

 思わず見惚みとれたニーツァイセンは、なす術もない。

 ジァヴは両脚で大男に組み付き倒し、その額に槍の穂先を突きつけた。

 投げ出されたザンが、頭から落ちて動かなくなる。

 「武器を捨てろ!!」

 女王の一声。

 兵士達は、時が止まったように動きを止めた。



 「・・・・」

 人質ひとじちになった島長は、何も言わない。

 とがった穂先を寄り目で見つめている。

 鷲鼻わしばなを伝って汗が一筋流れ落ち、とび色のひげみ込んだ。



 「・・・おい」

 ひとまず剣を下ろしたクレイは、周りの軍艦を見回した。

 何だか危険な空気だ。弓兵達が船縁ふなべりに立ち、弓に矢をつがえる。

 敵の将軍を捕らえれば降伏こうふくしてくれると思っていたのだが、考えが甘かっただろうか?



 「・・・・」

 ジァヴもクレイと同じものを感じ取り、きゅっと眉を寄せる。

 このかんに乗っているのは、ナギ島の民だ。彼らにとっては、島長の命は盾になるだろう。

 だが、他の島々の者達は、ニーツァイセンが殺されようと何の痛痒つうようも感じない。むしろ、死んで欲しいと思っているかもしれない。協定きょうていやぶってシノアを手に入れようとした男だ。

 「ニーツァイセン。指示を出しなさい」

 ジァヴは、ゆっくりと言った。

 「・・・・」

 島長はおののいていたが、どうやら助かる道がないと分かると、落ち着いた声を出した。

 「無理だ、女王どの。奴らは私の言うことを聞かん。あなたの勇気は大したものだが、それを見せるのが少しばかり遅かったな」

 「・・と・・さん」

 ジァヴは、意識して何もなかったふりをした。

 ザンが目を覚ました。大丈夫なのだろうか。

 「沖を・・見て下さい。霧が晴れます」

 ジァヴは、槍を握ったまま視線を上げた。

 風が流れ、霧の割れ目を作り出す。

 連合軍の兵士達も、唖然あぜんとして沖を見る。

 そこにいたのは、ガレー船百隻から成る艦隊だった。には、シノア王国のわしと、ハルスター王国の海燕うみつばめ

 「スイヴナ・・あの野郎・・」

 ジァヴは、ニーツァイセンが楽観的らっかんてきな誤解をしていないことを確認して、彼を解放かいほうした。

 それでも、誰も動かない。

 「まったく・・」

 ジァヴは覆面を脱ぎ捨て、顔を出した。

 血にまみれてもなおあぶらを巻かず、異常に美しい短槍フラメアを、高くかかげる。

 クレイの剣ほどあからさまではないが、やはりこの槍も普通ではない。日光に掲げると、鷲の刻印こくいんがはっきりと浮き上がって金色に輝いた。

 艦隊から、十六の輝きが返って来る。

 「どうしますか、ニーツァイセン?私が指示を出せば、シノア・ハルスターの同盟軍が、琺夜軍と協力してあなた達をはさちにすることもできます」

 「―――っ・・!」

 ニーツァイセンは、「裏切り者」と口を動かした。だが、ジァヴの冷ややかな瞳を一目のぞき込み、がっくりと項垂うなだれる。

 ジァヴは、双牙連合軍の思惑おもわくを知っている。とどのつまり、お互い様だ。それを否定してジァヴをめられるほど、彼は恥知らずではなかった。

 「・・・全ての船を引きげよう。今回のことで、連合は見事に破綻はたんした。しばらくは、あなたの国に手を出すこともできまい。それでいいな、女王どの?」

 ニーツァイセンは、ぎこちない笑顔で敬礼けいれいした。ここまで完膚かんぷなきまでにけてしまうと、いっそ気持ちがいいと言わんばかりに。

 「ありがとう」

 礼を言ったジァヴの顔に、笑みはなかった。




 「・・終わったようだな」

 王は、目から双眼鏡を離した。

 「そうですね。何とか無事に」

 翡は、アルバレートに取り付けた望遠鏡から顔を上げた。

 「化物二人の、夢の競演きょうえんがね」

 サレアは、双眼鏡と一緒に抱き寄せていた弩兵大隊バタイヨン・ダルバレトリェの誰かを放り捨てた。

 少しだけうつむいて物思いにふけっていた王は、すぐに何かを決意して、目を上げる。

 「・・確か、将軍のポストが二つ空いていたな?」

 「おめでとうございます、陛下。これで見事、人手不足解消かいしょうですわ」

 「え?あとの一人は?」




 「これは一番最後の手段だったのに・・こんな命令だけ聞いてくれるなんて。何て家臣達かしら、本当に・・」

 ジァヴがぶつぶつ言っていると、青い顔をしたザンが側にいずって来た。

 「ジァヴ様・・」

 ジァヴは友軍を見つめていた。

 十六人の、“王の盾アラマス・ナ・リィ”。

 今のところ、自分に動かせる部下はそれだけだ。何てちっぽけな戦力だろう。

 それでも、彼らは連合から仲間外れにされたスイヴナを味方につけることができた。得たものはささやかだけれど、自分の戦いにけりをつけることができた。

 「・・『戦の目的は、勝つことだけではない。より良い条件で負けることも、また一つの道だ』。覚えてる?ザン」

 ザンの驚いた顔を見下ろし、ジァヴは自嘲じちょう的な笑みを浮かべる。

 「セルズの支配を受け入れた父上の、持論じろんよ。この言葉も、正しかったんだわ。父上は、琺夜との戦いから逃げていたんじゃなくて、負けぎわあやまったのかもしれないわね。琺夜の王が私を欲しがっていたなんて、まさか知らなかったでしょうから」

 「・・・・」

 うーんと伸びをして、ジァヴは空に顔を向けたままほがらかに笑う。

 そこにはまた、新しいにじが出ていた。今度は一重ひとえの。

 「あきれたでしょう?ザン。あなたが私を助けようとしてくれている時、私はあなたを利用して、裏切うらぎることを考えていたの。もし双牙そうがの連合軍が負けてしまったら、シノアだけは琺夜の味方だってふりをするつもりだったのよ。私って、とんでもない女でしょう?」

 ザンは、何も言わなかった。

 傷つかなかった訳ではない。

 自分の想いをにじられたと感じなかった訳ではない。

 それでも、ジァヴは精一杯せいいっぱいで。

 選ばざるを得なかった選択肢を、堂々と自分の選んだ道だと言い切る彼女が、たまらなくかなしくて・・まぶしくて。

 いとおしくて。

 「琺夜国王の元に・・行くのですね?」

 やっとそういた時には、ジァヴはもう涙をぬぐい去っていた。

 泣き顔のまま、それでも笑っている。

 「私、強い男が好きだったみたい。正直、リズクってちょっと物足りなかったの。彼とは、きっとうまくやれるわ。あは!でも、今頃、彼の方が愛想あいそかしてるかもしれないわね。私って、“ジェイド”だもの・・」

 「――――」

 気がつけばザンは、ジァヴを抱き締めていた。

 腕の中で、小柄こがらな体が大きく震える。

 「・・ザン?」

 「あなたは、最高の女性です」

 一生に一度の思い出に、思い切ってくちびるうばってしまおうかとも思った。きっと、ジァヴはこばまないだろう。

 「・・・・」

 迷ったザンは結局、ジァヴのほおに口づけた。

 「さようなら。ご武運ぶうんを・・ジァヴ様」

 「ザン・・」




 「おーい!ジァヴ様!船がどんどんみなとから離れてくんだが、どーすんだ?」

 もう体は離していたが、ザンと手をつないだままだったジァヴは、あわてて振りほどいてクレイに向き直る。

 そして、

 「・・あなたは何をしているのですか?」

 ジァヴは、本日何度目かの偏頭痛へんずつうを感じた。

 クレイは、何を当たり前の質問をするんだと言いたげに片方の眉を上げる。

 「戻るのに船がるだろう。ちょっとそこらへんの海兵をおどして、貰って来たんだ」

 小船が必要なのは確かだ。その行動は、間違ってはいない。

 だが、『訊いているのはそんなことじゃない』と、声を大にして言いたかった。

 手に入れた小船を、この男は何だって肩にかついで持ち上げているのだ!?

 「一緒に来るだろ?いや、そこらの海兵さん達の気が変わって、船を取り返したくなる前に、さっさと戻りたいんだ。流石にもう攻撃して来ねぇとは思うが」

 ジァヴは、もし言葉が自由にあやつれるのなら、突っ込みたくてたまらなかった。

 誰が、小船を片手で持ち上げているような馬鹿力の馬鹿野郎から船を取り返したいと思うものか。

 もう攻撃して来ないだろう?それはそうだろう。兵士達の誰もが頭をかかえて物陰ものかげからしりを突き出し、隠れる場所がない者は、青い顔でいのりをとなえている。

 一体、彼らが誰におびえていると思っているのだ?

 自分自身も彼らの恐怖の一因いちいんであることは、ジァヴは都合つごう良くたなに上げた。

 「・・すぐに、私も行きます」

 ジァヴは、ザンを振り返らなかった。

 胸に固い決意をめて、大股おおまたでクレイに歩み寄る。

 やるべきことは山ほどあるが、何よりもまず必要な言語の勉強をしよう、と。







 第11章に続く