ho knows where the time goes
薔薇色の指持てる貴き女の息子、王の息子、王の吟遊詩人にして吟遊詩人の王、森の王の唄い手にして歌い手の王、青銅の盾持つ戦士たちの勲しを炉辺の戦士たちに伝う者、古の誉れを謳う者、璞の誉れを詠う者、まさに開かんとする花の名を持つ者、乙女子の如く白き額を持つ者、
我、フローレン・スノゥリィ・ペリメダエ・シルウァが歌う。
玲瓏帝が槍を持つより古く、我らの母が闇と共に生きた頃より古く、我らの父が光と共に生きた頃より古く、馬と奴隷が至上の富であった頃より古く、森の王が生まれ出づるより古く、その苗床たる白樺が生まれ出づるより古く、この地が火より生まれ出づるよりなお古く、
かつ、何れの頃よりも新しい事。
混沌の静に、ただ二柱のみが在った頃、
世界の祖なる二柱、闇なる乙女と冷たき男は、命なる男と光なる女を在らしめた。
一つ目の世界で、夜と死は側にあった。
二つ目の世界で、正義と慈愛は、夜と死とを追いやった。
世界の北と南の果てで、闇なる乙女と冷たき男は眠りに就いた。
目を覚ますのは逢瀬の時、1460年、巡った世界が重なりし時。
滅びの定めを齎す男は、かよわき肉の器を以って、女を求めて彷徨い歩く。
滅びの定めを齎す女は、かよわき肉の器を以って、刹那の逢瀬を待ち望む。
求め合うは、何故か?
ある時、女は男を愛し、己の全てを失おうとも、男の腕に抱かれんとした。
ある時、男は女を憎み、己の全てを失おうとも、女をその手にかけんとした。
幾度顕し来ようとも、絆の故に巡り逢い、絆の故に別たれる。
嘗ての己を知る男が、乞い求めるは何故か?
彼方の己を知る女が、乞い求めるは何故か?
悲劇となるが定まりしものを ただ繰り返すは何故か?
「あの詩人に、言ってみようか」
「・・・・」
「出会いが悲劇にならなければ、残るは無常な時間だけだと」
「・・・・」
「最低の物語を、思いついたよ。女は男を憎んでいて、男は自分を憎む女を愛していた。女の憎しみが消えた後、男の前にいるのは、自分が愛していた女ではなく、女の前にいるのは、自分が憎んでいた男ではない。
・・たった一人の運命の相手を、求める気持ちを失ったなら、二人はいったいどうなると思う?」
「・・・・」
「ねぇ?」
「・・・物語になるまい。序奏ばかりが盛り上がり、後は最終楽章までだらだらと同じフレーズを繰り返す。三流のソナタだ」
「同じ主題で音楽を作リ続けるなら・・そういうことも、たまにはあるだろうな。提示されたメロディは、必ずしもドラマティックに展開しない」
「・・もう少し遅ければな」
「え?」
「女を失った男が、片割れに出会うのがもう少し遅ければ、男は女を憎むこともできただろう。女を殺すことを、ただ一つの生き甲斐にできたろう。・・さすれば、歌い継がれるに相応しい音楽が生まれたやもな」
「条件法過去。お前にしては珍しい言い回しだな」
「どうも最近、良く言っている。『大隊長があと3時間早く報告書を提出しておれば、余の睡眠時間はそれだけ伸びたであろう』などと」
「『今日観劇に出向かなければ、不愉快な歌を聴くこともなかっただろう』?」
「・・・分かっておるなら二度と誘うな。奴の舞台になど。これでも俺は忙しい」
「失礼。それは知らなかった」
「・・おい」
「今はまだ第2楽章。演奏が終わるまで、することがないのは同じだろう?それとも、この冗長な調べの中に、お前は全く違う主題を挿入しようとしているのかな?」
なんじゃこりゃ?『黒き風』の本完読してないとさっぱり分からんであろうお話。
別にどうでもいいけど、冒頭の歌はコリトプスで歌われています。
二人が話しているのはスノゥリェンヌ語で、場所は琺夜の劇場ボックス席。