Krustallos 〜「天空の民」語り〜

 現実世界において、『人種』という言葉は生物学的に誤りであると言われています。
ネグロイドもコーカソイドもモンゴロイドも、みんな同じホモ・サピエンスですからね。「黒色人種」とか「白色人種」とかいう言い方は生物学的に間違っているだけでなく、時によっては差別用語となることも。

 しかし、
 この物語の世界では、本当に「人種」なるものが存在します。
まずは普通の人間。勿論、黒白黄色の肌の奴ら。
 それから、神様の子孫とされる、神霊属人〈ナプトびと〉と呼ばれる亜人間。
 ナプト人はほとんどの場合、ぱっと見普通の人間です。しかしながら、異なる人種間の交配で子供を作ることはできません。できたとしても、子供は繁殖能力を持たず、次世代の子孫を残すことができません。例外もありますが。

神話
 晶(クリスタロス)族は、「黎明の書」で一番偉い神様、天空の神アテス(Ates)の子孫。
 晶族は、そのほとんどが空中浮遊都市「碧龍天楼(へきりゅうてんろう)」に住んでいるので、地上の人々には「天空の民(シエリスタ)」と呼ばれます。
 神話に基いて、晶族の多くは、自分達が世界で最も偉大な種族であると本気で信じています。学校でもそう習います。
 彼らの国には、差別も偏見もありません。碧龍天楼にも全人口の僅か1%ながら異人種が暮らしていますが、「同胞ではない人」という当たり前の区別以上の、人権侵害だの迫害だのは存在しないので、綺麗な人々のたわ言をいちいち気にする人もいません。

生態
 晶族は、金髪碧眼のコーカソイド系。美人しかいないという迷信があります。彼らは非常に免疫機能が発達していて、俗に「冬眠」と呼ばれる反射機能を持っています。致死量に値する毒物や有害物質が体内に入ってくると、一時仮死状態になり、数分〜数時間で完全に無害にしてしまいます。その間、体温は氷点下にまで下がり、元は薄緑〜青緑の瞳が、「セレストブルー」、至上の天空の色に染まります。
 稀に、日常の状態で「セレストブルー」の瞳を持つ人もいますが、そういう人は大概、強い神通力(グリス)を持っています。

歴史
 今でこそ「天空の民」と呼ばれる晶族ですが、かつては地上で、コードロークを首都とした大帝国を築いていました。彼らが『天』に集団移住したのは、サフェイス暦元年のことです。つまり、晶族が「天空の民」になった年を紀元1年と定めた訳です。

 紀元前から、晶族の王は「天空の王」と呼ばれ、他人種の人々にも一目置かれていました。クリスタロス王家の人々は強い神通力(グリス)を持って生まれることが多く、その力を使って神道政治を行っていたのですが、紀元前3年、当時の「天空の王」が何を思ったか、いきなり世界征服を始めようと言い出しました。
 征服とは言っても、軍隊を組織して余所の国を攻撃したり、貢物を出せと言ったりした訳ではありません。例えば自然災害を予言したり、土地の水捌けを良くしたり、とにかく「魔法の力で生活を保障してやるから、私を世界でただ一人の帝王だと認めろ」というようなことを世界中の人々に向けて言いました。
 別に実害はないし、良いことずくめのようだったので、別に反抗する人はいませんでした。ファラン族を除いては。
 破壊の神ダイシェスの子孫であるファラン族は、神話で自分達の祖神が天空の神に蔑ろにされたことを挙げて、「お前らなんかに従ってたまるか」との返事をしました。その翌日、ワサノ山脈で火山が爆発し、ちょうどその時麓でテントを張っていた遊牧民族ファラン族が火砕流に巻き込まれました。そして、この災害は「神の怒り」として世界中に知れ渡り、「天空の王」の支配を磐石なものとするのに役立った訳です。

 本当に「天空の王」が「神の怒り」を起こしたのかどうかというのはともかくとして、この噂には他人種の人々だけでなく、同じ晶族でさえも震え上がりました。元々かなり迷信深い民です。自分達の王がとんでもない暴君だったのではないかと畏怖したクリスタロス貴族家、サフェイス家の青年が代表となり、当時のクリスタロス王家であったアダマス家を斃します。そして、新たにサフェイス家の当主が「天空の王」となるのですが、この事件が晶族の歴史で唯一のテロ事件となりました。

 その後、新たな「天空の王」は、コードロークを中心として四分割した世界のそれぞれにその方位の支配者、代表者を置き、自分が「碧帝」として彼らの上に立つ、という現在のシステムを作り上げました。サフェイス暦1470年代現在まで、サフェイス王家は女系相続で連綿と続いています。

  晶族が『天』に旅立ったのは、「地上の愚かな民との争いを避ける為」だったと彼らは主張しています。
 (が、大方、例の種族優位主義を唱えて地上からおんだされたのでしょう。どこに住んでいるとも分からない幻の美しい民が「自分達は一番偉い」と豪語していても、ロマンを掻き立てる以上のことはありませんが、それが近所の住人だったら「はぁ?」って感じです。しかもそいつらが大陸のど真ん中で踏ん反り返っていて、「我らを崇めよ」なんてほざいてたら、そりゃあ追い出したくなります。)
 
その他
 多くの晶族は天上で生涯を終えますが、地上に降りて来る商人もいます。その移動手段は、国民なら誰もが知っている国家機密で、地上の人がどんなにお願いしても教えてくれません。そもそも、どうやって都市を宙に浮かべているのかとか、高山より遥かに高い場所でどうやって生きられるんだとか、「天空の民」には謎がいっぱいです。

 農作物も育たず、家畜も飼えない空の上に住む彼らは、商業の民。
 唯一の産業は、宝飾品加工。世界中から集めた宝石や貴金属を研磨、加工し、見事な芸術品に変える技術は白眉。
 それを独自のルートで売り捌いた利益を資金に、晶族ならではの高速移動術を駆使して、代理人を使って世界の主な市場を荒らし回り、世界中の商人達に「天使の翼が落ちた後にはぺんぺん草も生えない」と言わしめています。

 地上にやって来た晶族は、名前の最後に「クリスタロス」をつけます。「名・姓・クリスタロス」です。晶族同士で自己紹介する時は、これは省き、「名・姓」。貴族の場合は、「名・von・姓」です。

 碧龍天楼の公用語は、クリスタリーニッシュ語と世界標準語(ファブリシス)。商人の中にはミストーナ語を解する人もいますが、ごく少数。基本的に他国や他民族の言語を勉強しようとはせず、他の民が自分達に合わせるべきだと思っている人が多いです。

♪「ゴールドベルク変奏曲 第30変奏 クォドベリ」 Music by うっちいの音楽箱.