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matamartia ギリシア語メモ
love solfege 『metamartia』より

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綾野えいりさんの歌うクラシックメタル。
メタル+ベルカント?
すごいのは分かる。どうすごいのかは分からん!

ネタバレ及び誤解釈注意。

ご本家様特設ページ

何とbandcampで無料で聴けるようになりました。
勿論惚れたらお金も払えます。

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《円盤》
ταινία(古:タイアー/現:テア)・・「映画、フィルム」。現代語の女性名詞(単数主格)。
 「細く伸びた帯状のもの」全般。古くは「紐、帯、リボン」の他、「帯状の岬」等を意味した。近現代においては、左に加えて「セロテープ、機械の駆動ベルト、録音テープやフィルム等の記録媒体、映画」等をも指す。
 最初に歌詞カードで「円盤テニア」と見た時には、DVDプロジェクター?ホームシアター?と思ったけど、これは銀幕も客席もあるしっかりした劇場で、昔ながらの35ミリフィルム映写機が回ってる感じの場面だよな。「テニア」の方はフィルムとして、日本語の「円盤」は映写機にフィルムを送ったり巻き取ったりするノンリワインド装置のプラッターか?

《御自慢》
ὕβριςヒュブリス)・・「傲慢」。古典語の女性名詞(単数主格)。
 上記の意味で使われることが多いけど、他に「暴虐、無礼、思い上がり、侮辱、暴力行為、姦淫、レイプ、冒涜」等幅広い意味を持つ。
 ちなみに現代語のύβριςヴリスは、「(ギリシア神話の神々に対する)傲慢」の他、「侮辱、罵倒」の古めかしく堅苦しい言い方。
 藤村シシンさんも仰っているが、神々は人間のヒュブリス(傲慢)を非常に嫌う。破滅を招く心持ち。この歌に関しても、まあ、フラグかなー。

《笑止千万》
παραλογισμός(古:パラロギスス/現:パラロギズス)・・「不条理」。現代語の男性名詞(単数主格)。
 アリストテレースさんの時代(紀元前4世紀頃)においては、「誤った推論」とか「欺瞞」のような意味で使われていた。ここでは2~3世紀以降の用法、哲学用語の「不条理」かな。ラテン語の形容詞absurdus(不条理な、不合理な、耳障りな、調子外れの、ばかげた)に対応する。現代語においては、「不条理、不合理、人が理性を失う極限状態」。
 
 男性名詞λόγοςゴス(弁舌、言論、計算、推論、道理、等)に、中受動態動詞を作る接尾辞-ίζομαιゾマイと、接頭辞παραパラ-(傍に、~の方へ、~を越えて、外れて、比べて、等)をつけてできた動詞がπαραλογίζομαιパラロゾマイ(計算をごまかす、誤った推論をする、欺く)。これに更に抽象名詞を作る接尾辞-μόςをくっつけたもの。

《騒乱》
χάος(古:オス/現:オス)・・「混沌、無秩序」。中性名詞(単数主格)。古くは、「混沌、宇宙の原初の状態、空の広がり、虚空、開けた空、大きく口を開けた暗闇、何も見通せない暗黒」。現在よく使われる「無秩序、混乱」を意味するようになったのは17世紀以降か?「カオス理論」とかで使われるようになったのは1960年代以降。



 後に楽曲タイトルについて。「metamartia」とはなんぞや?
 気になってしょうがないんだけど、アルバムタイトルでもあるこの造語、今のところ公式の訳はないよね?
 構成としては英語の接頭辞met-(meta-)+名詞hamartiaだろうなーというのは分かるんだけども。それぞれ、古典ギリシア語の接頭辞μετ-(μετα-)と女性名詞ἁμαρτίαに由来するやつ。

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 hamartiaの意味は、
 ①(主にギリシア悲劇の)主人公の破滅の元となる性格の欠点(=tragic flaw)
 ②(キリスト教における)罪
 ③過誤組織

 リシア語のἁμαρτίαハマルティアーは、動詞ἁμαρτάνωハマルノー(的を外す、失敗する、間違いを犯す、罪を犯す)が抽象名詞化したもので、ディオニュースィア祭に上演する悲劇、喜劇が盛んに作られてた頃(紀元前5世紀前後)だと、「(行為、思考、シミュレーションの)誤り、間違い、過失、不正、違反、(人の)欠点、罪」等の意味で使われてた。

 英語hamartiaの意味①は、アリストテレース(Ἀριστοτέλης)さんの『詩学』("Περὶ ποιητικῆς")が由来かな?
 『詩学』第13章「筋の組みたてにおける目標について」によると、
 「徳と正義においてすぐれているわけではないが、卑劣さや邪悪さのゆえに不幸になるのではなく、なんらかのあやまち(※ἁμαρτία)のゆえに不幸になる者であり、しかも大きな名声と幸福を享受している者」
――『アリストテレース詩学・ホラーティウス詩論』(岩波文庫 2012第17刷)p52より引用
 ↑みたいなのが、悲劇の登場人物の類型として優れているという。この「あやまち」は、「判断の間違いやうっかり」とも「性格の欠点」とも、その両方とも取れるけど、悪因悪果とは言い難いもの。

 ②は時代が飛んで新約聖書の用法から。
 例えば『マタイによる福音書』第1章の、
 「彼女は男の子を産むであろう。その名をイエスと名づけなさい。彼は、おのれの民をそのもろもろの罪(※ἁμαρτίαι)から救う者となるからである」
――『新約聖書』(日本聖書協会 1954改訳)p1より引用
 なお、現代ギリシア語のαμαρτίαアマルティも「(キリスト教の神に対する、道徳上の)罪、過ち、だらしない生活、あってはならなかった出来事」みたいな意味になってる。

 ③は医学、病理学用語。奇形の一種らしい。たぶんここでは関係ない。

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 meta-について。
 古典ギリシア語における接頭辞μετα-, μετ-, μεθ-の用法はざっくりこんな感じ↓

1.〈参加、共に〉
 δίδωμι(ディドーミ 与える、差し出す)→μεταδίδωμι(メタディドーミ ~を分与する、~の一部を分与する)
 ἔχω(コー 持っている)→μετέχω(メコー 分け前にあずかる)
 δαίνυμαι(ダイニュマイ 宴に加わる、食べる)→μεταδαίνυμαι(メタダイニュマイ 食事に同席する)

2.〈間に〉
 δήμιος(ーミオス 民衆の、公共の)→μεταδήμιος(メターミオス 民衆の間にある、国にいる)
 δόρπον(ルポン 夕食)→μεταδόρπιος(メタルピオス 夕食中に、夕食後に)
 ὤψ(ープス 目)→μέτωπον(トーポン 額、眉間)
 αἰχμή(アイクー 槍先、鏃、戦争、戦意)→μεταίχμιον(メタイクミオン 向かい合う両軍の中間地帯)

3.〈後に〉
 κλαίω(クライオー 泣く)→μετακλαίω(メタクライオー 後になって泣く)
 δόρπον(ルポン 夕食)→μεταδόρπιος(メタルピオス 夕食中に、夕食後に)
 αὐτίκα(アウティカ すぐ、直ちに)→μεταυτίκα(メタウティカ 直後に)

4.〈追跡〉
 ἔρχομαι(ルコマイ 行く、来る)→μετέρχομαι(メルコマイ 後を追う、追求する)

5.〈放出〉
 ἵημι(ーエーミ 放つ、発する)→μεθίημι(メティーエーミ 解放する)

6.〈後ろ〉
 φρήν(プーン 横隔膜、胸腹)→μετάφρενον(メプレノン 背中)

7.〈逆に〉
 τρέπω(トポー 向きを変える)→μετατρέπω(メタトポー ひっくり返す、振り向く)

8.〈変化・移動〉※この意味が一番多い。
 μορφόω(モルオー 形成する、形作る)→μεταμορφόω(メタモルオー 変形する、変化させる)
 τίθημι(ティテーミ 置く、据える)→μετατίθημι(メタティテーミ 移し替える、置き換える)
 βαίνω(バイノー 歩く、進む)→μεταβαίνω(メタバイノー 別の場所へ移る、移行する)

 現代英語meta-も、主に学術用語なんかに、上記に近い用法で使われてる。

 して、本来ギリシア語にはなかったけど現代英語でめちゃくちゃ使われてるのが、「~を超越した、~を包含する、一段階上の~、それ自体に対する再帰的な」という意味。
 metadate(メタデータ、データについてのデータ)、metacommunication(コミュニケーション模索のためのコミュニケーション)、metahistory(歴史という概念変遷の歴史)みたいなやつ。

 なんか紀元前1世紀頃にアリストテレースさんの遺作が整理されるにあたって、"τὰ φυσικάピュスィ(自然について)"に続く書が"τὰ μετὰメタ τὰ φυσικάピュスィ(自然についての後)"と名付けられた。これが冠詞を省略されて前置詞が接頭辞化してラテン語"Metaphysica"になり、中世には「自然を越えた事柄について」みたいに誤解釈されるようになった。「あらゆる存在を存在たらしめる根拠とは?」を論ずる同書の内容に相応しいタイトルとして、この誤解は定着する。
 これが英語のMetaphysics(超自然学、超物理学)になった。※日本語では「形而上学」と訳された。
 で、そこから後に(17世紀以降?)、「他の言葉にも"meta~"ってつけたら「超~」になるよな!」という使い方をするようになったみたい。

 長くなったけど、ここまで前置き。

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 こから本題。
 「metamartia」の歌詞において、「銀幕の上 目眩き 繰り広げられるキネマ」を眺めている主人公は、それらの芝居からmetaな(超越した)立ち位置。そして、歌の最後に主人公はmetamorphosis(変態)し、「蔓延れる騒乱カオス」の中に「うまれ堕ちて」しまう。

 つまるところ、「metamartia」とは、
 『世の人々のhamartia(破滅に至る過ち)を、「なんて不条理!これは滑稽!」と銀幕越しにmetaって(別次元から高みの見物して)笑っていたら、その傲慢ヒュブリスがhamartia(破滅に至る過ち)となって、何と自分がhamartia(原罪)を背負い、か弱き身でもがきながら懸命に生き抜かねばならない存在へとmetaって(変わって)しまっていた。もはやこうなってはhamartia(原罪/過ち)とmetaに(共に)生きるしかない』
 という歌詞の状況を詰め込んだ一語なんではなかろうか?

 以上が私の暫定的metamartia観なんだけども、全くのἁμαρτία(見当違い)かもしれない。


 激しくかっこいいドラムやギターが止まり、ピアノ伴奏だけで「乾いた音をたて~」と歌うところ、舞台の上で一人殻から抜け出ながら心細げにしてる感じがいい。そして再びかき鳴らされるギター、打ち込まれるドラム、今まで鑑賞側だった己を主人公とする三文芝居が始まってしまったのだ。
 めっちゃ良くない?

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参考・引用資料
・『現代ギリシア語辞典』(リーベル出版 第3版増補版 2004)
・"An intermediate LIDELL AND SCOTT'S Greek-English Lexicon"(Oxford Univ Pr. 1945 7th Edition)
・"The Cambridge Greek Lexicon"(Cambridge Univ Pr. 2021)
・『アリストテレース詩学・ホラーティウス詩論』(岩波文庫 2012第17刷)
・『新約聖書』(日本聖書協会 1954改訳)

・"Wiktionary, the free dictionary"内"meta-" https://en.wiktionary.org/wiki/meta-#English
・同上 "hamartia" https://en.wiktionary.org/wiki/hamartia

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この文章書いてる人はギリシア語その他に関してド素人です。
このページはあくまで『metamartia』CD等買った人向け、
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