Nil arma, nil bella ラテン語メモ
Antonio Vivaldi "Juditha triumphans devicta Holofernis barbarie"より

 ホロフェルネスの蛮行を打ち負かし凱旋するユディータ。
17世紀ヴェネツィア共和国に生まれた偉大な作曲家、
アントニオ・ヴィヴァルディ(Antonio Vivaldi)さんによる、現存唯一のオラトリオ。
ラテン語で台本を書いたのはヤコポ・カッセッティ{Iacopo(Jacopo) Cassetti}さん。
※"ジャコモ・カッセッティ(Giacomo Cassetti)と書かれていることも。「ヤコブ」に由来する名前であることは間違いない。
"Juditha triumphans"リブレットに書かれている著者名はラテン語形でJacobus(の属格Jacobi)。
日本語では『勝利のユディータ』と訳されてる。

アッシリア軍に包囲されて追い詰められたベトリアの町に住む、
美しい未亡人ユディトの英雄譚。
その第1章、コーラスに次いで登場した敵の将軍のアリア。

こちらの動画は、"Juditha triumphans"全曲演奏動画で、
ヴィヴァルディさん自筆の楽譜を追いながら聴ける。このアリアは4:24から。
ホロフェルネス将軍役はシルヴィア・アリーチェ・ジャノッラ(Silvia Alice Gianolla)さんでメゾソプラノ。
演奏は、バロックと古典派音楽を専門とする、アーゾロのロレンツォ・ダ・ポンテ室内管弦楽団
(Orchestra da camera Lorenzo Da Ponte)。

※黒字のカナがイタリア教会式発音風ルビ、青字のカナが古典式発音風ルビです。古典式のアクセントは強弱ではなく高低ですが、ここではどうでもいいです。
※同じ子音が続いた場合、詰まった音になると言うより、音が子音分長めになる感じです。
※長母音記号を勝手につけています。ラテン語の母音の長短は、それによって意味が変わるぐらい大事なんだけど、教会式発音だと母音の長さは気にされず、アクセントのある母音が強く、若干長めになります。歌の中では別にアクセントがない音節も伸びるけども。

ここまでのあらすじ:
 見よ、幸先のいい佳き日である。
 おお、高潔なる英雄たちよ、見よ、祝福されし者たちよ!運命、星座、天が、諸君の助けとなる!
 いざ、長い時を経て遂に、待ち望んだ光、待ち焦がれた光が訪れる!
 その光によって、諸君は指揮官の元で偉大に、指揮官は諸君の元で偉大になる!
 遂に、全ての者は等しく勝利を、そして諸君の無敵の王は、名誉と栄光を得るであろう!

Nil arma, nil bella,
Nil fiamma furoris
Si cor bellatoris
Est cadens in se.
Si pugnat sperando,
Iam virtus pugnando
Vigescit in spe.

("JUDTHA TRIUMPHANS TEXT AND TRANSLATION" p1より引用)

ール ルマ ール ッラ
Nīl arma, Nīl bella,
ール ルマ ール ッラ
代名詞 名詞 代名詞 名詞
ない/無意味 武器(複)は ない/無意味 戦闘(複)は
武器はない/無意味である、戦闘はない/無意味である

nīlは不変化の否定代名詞nihilの略形。「無、何もないこと、無意味、無価値」。中性単数主格または対格のみの代名詞で、ここでは主格。または副詞「全く~ない」。英語のnothingに当たる。属与奪格はnūlla rēs(ないこと、ないもの)を格変化させて表現する。
armaは複数のみの第2変化中性名詞。ここでは主格。「道具、用具、武器、盾、戦争、兵力、方策」。
bellaは第2変化中性名詞bellum{戦争、戦闘、会戦、争い、(複数形で)軍隊}の、ここでは複数主格。
※動詞がないけど、"Nil arma (sunt), nil bella (sunt)"と、英語のbeに当たる不規則自動詞sumの直接法(能動)現在三人称複数形sunt(それらは存在する/~である)が省略されてるっぽい。

ール ンマ ーリス
Nīl flamma furōris
ール ンマ ーリス
代名詞 名詞 名詞
ない/無意味 炎は 激情の
激情の炎はない/無意味である

nīlは不変化の否定代名詞nihilの略形。
flammaは第1変化女性名詞。ここでは単数主格。「炎、火、松明、輝き、稲光、情熱、破滅の元」。
※引用元の台本では"fiamma"。異形(てかイタリア語)?と思ったけど、youtubeにある色んな方々の演奏聴く限り、皆さん"flamma"と歌ってるな。誤植か?ヴィヴァルディさんの手書き楽譜だと"flama"でmの上に重複記号?みたいなのがついてるのでflammaでいいらしい。

furōrēsは第3変化r幹男性名詞furor(狂乱、熱狂、激情、激怒、猛威)の単数属格。
※ここも同じくsuntを補って読むと良さそう。ここまでが条件文の帰結節(主文)。

『武器も、戦いも、激情の炎もない(/意味はない)』

スィ ベッラーリス
cor bellātōris
スィ ベッラーーリス
接続詞 名詞 名詞
もし~なら 心は 戦士の
もし(自身の内に沈んでいる)戦士の心が

は無変化の接続詞。ここでは動詞の直接法と共に論理的条件文の条件節(前文)を作っている。
corは第3変化i幹中性名詞。ここでは単数主格。「心臓、心、精神、理性、愛しい人」。
bellātōrisは第3変化r幹男性名詞bellātor(軍人、戦士)の単数属格。

スト ーデンス イン
Est cadēns in sē.
スト デーンス イン
動詞 動詞 前置詞 代名詞
(それは)ある 落ちている ~の中に 自身(から)
自身の内に沈んでいる(戦士の心が)あるなら

estは英語のbe動詞に当たる不規則自動詞sumの直接法(能動)現在三人称単数形。
cadēnsは第3活用自動詞cadō{落ちる、(雨や雹が)降る、(太陽や月が)沈む、(液体が)注ぐ、流れ下る、(サイコロが)投げられる、倒れる、陥落する、弱くなる、陥る、等々}の現在分詞。ここでは中性単数主格形。「落ちている(状態にある)」。形容詞的用法でcorにかかる。ラテン語の文構造に添って訳すなら「もし沈んでいる戦士の心があるなら」。英語の現在進行形的な「もし戦士の心が沈んでいるなら(If the warrior's heart is sinking,)」ではない。けど意訳ならこれでもOKの範囲じゃないかな?
inは前置詞。ここでは奪格支配。場所の奪格。
は三人称の再帰代名詞suī{それ(ら)自身}の、ここでは奪格。「自分自身に沈んでいる」というのは「弱気になっている」ってことでいい?
※主格のない代名詞。suīは属格。

『戦士の心が挫けていれば』
『怖気づいた戦士の心があれば』

スィ ーニャト スペンド
pugnat spērandō,
スィ グナト スペーンドー
接続詞 動詞 動詞
もし~なら (それは)戦う 希望することで
もし希望することによって戦うなら

は無変化の接続詞。ここでは動詞の直接法と共に論理的条件文の条件節(前文)を作っている。
pugnatは第1活用自他動詞pugnō(戦う、戦闘する、論争する、強く主張する、奮闘する、相反する)の直接法能動現在三人称単数形。主語はbellātor(戦士)。
spērandōは第1活用自他動詞spērō(希望する、期待する、懸念する、危ぶむ、信頼する、期待をかける)の動名詞の奪格。「希望することによって」。

『(だが、)希望を持って戦うならば、』

ヴィルトゥス ニャンド
Iam virtūs pugnandō
ウィルトゥース プグンドー
副詞 動詞 動詞
直ちに 勇気は 戦うことで
直ちに、戦うことで勇気は

iam(jam)は副詞。「既に、もう、今、(繰り返して)~あるいは~、今まで、直ちに、さて、全く」。
virtūsは女性名詞。ここでは単数主格。「男らしさ、勇気、力、才能、長所」。古代ローマ人には、これを擬人化した女神Virtūs(ウィルトゥース)が、男性市民の武勇、時代が下ると倫理的美徳の象徴として祀られた。
pugnandōは第1活用自他動詞pugnō(戦う、戦闘する、論争する、強く主張する、奮闘する、相反する)の動名詞の奪格。「戦うことによって」。

ヴィヂェースィト イン
Vigēscit in spē.
ウィースキト イン
動詞 前置詞 名詞
(それは)活発になる ~で 希望(から)
希望で活発になる

vigēscitは第3活用自動詞vigēscō(活発になる、繫栄し始める)の直接法(能動)現在三人称単数形。起動動詞。受動態のない動詞。
inは前置詞。ここでは奪格支配。「~において、~のもとで、~で」。
spēは第4変化女性名詞spēs(希望、期待、不安、懸念)の単数奪格。
ここまでが条件文の帰結節(主文)。

『(その)希望で、直ちに闘志が奮い立つ』

 あらすじがあらすじじゃねぇな!?レチタティーヴォ訳しただけだな!?
 ここの"en"は本当に"en(見ろ、いざ)"なの?"et(そして)"じゃなく?"Felix en fausta dies(幸運な、見ろ、幸先のいい日)"とか"et"の方が自然じゃ……enって歌ってますね。あ、ヴィヴァルディさんの手書き、ちゃんとenっすね。失礼しました。
 アッシリア軍の皆さんに、ホロフェルネス将軍から激励の演説。

 ユディト記における、この場面の前日譚を紹介すると、
 アッシリア王ネブカドネツァルは、メディア王アルファクサドと敵対していた折、ペルシア及び西方の全住民に戦列に加わるよう使者を送った。ところが、どこの地の民も従おうとはしなかった。ネブカドネツァルは激怒し、必ずや己を侮った者たちに制裁を加えると決意する。
 とうとうアルファクサドを打ち破り、メディアの王都エクバタナを蹂躙し、自らの都市ニネベに凱旋した王は、長い休養と祝宴の後、いよいよ西方全域に牙を剥く。史実との整合性とか気にしてはいけない。
 王は、軍総司令官にして自らに次ぐ地位にあるホロフェルネスに、こう命じた。

「全地の主である大王がこれを言う。お前は予の前を下がり、武勇を誇る者歩兵十二万と多くの騎馬および一万二千の騎兵を率いて、
西方に向かい、その全域を討て。彼らは予の言葉に従わなかったからだ。
土地と水を用意しておけと彼らに告げよ。やがて予が怒りに燃えて彼らに臨み、兵士らの足でその地の面をくまなく覆い、彼らを兵士らの略奪にゆだねるからである。
そうなれば負傷者たちは小川の流れる谷あいを埋め尽くし、大河もしかばねでせき止められてあふれるであろう。
予はとりこにした者をはるか地の果てまで引いて行く。
さあ、行け。予に代わって彼らの領土をことごとく占領せよ。彼らがお前に降伏したならば、予が裁きを行うそのときまで、彼らを監視せよ。
その地のどこであろうと逆らう者があれば容赦なく殺し、その財産を没収せよ。
予は自らの命と予の王国の権勢に誓って言う。言ったことは必ず実行する。
お前は主君である予の言葉に寸分たがうことなく、命じたとおり断行せよ。速やかに実行せよ。」
(新共同訳聖書 ユディト記2章5~13節より引用)

 凄惨な虐殺と略奪を行いながら迫り来るアッシリア軍に、イスラエルの民は震え上がる。奴らはネブカドネツァル王へ恭順を示した民の領地をも破壊している。ホロフェルネスは地上のあらゆる神々を滅ぼし、あらゆる国の民にネブカドネツァル一人を神として崇拝させようとしていた。(という原作設定が、このオラトリオでは採用されてないかもしれない。何しろ、ホロフェルネス自身が頻繁にギリシア・ローマの神々の名を口に出す。)
 周囲を敵に包囲され、水源も占拠された。神は我らを敵の手に委ねられたのだろうか?奴らの奴隷にされ、信仰を奪われようと、もはや降伏するしかないのだろうか?
 その時、一人の女が立ち上がる。

 ホロフェルネス将軍にしてみれば、敬愛する王の面目を潰した輩を一人残らず滅ぼし、雪辱を果たす時が来た!という状況。意気軒昂。
 勇ましい幕開けのコーラスから一転、バイオリン属が優雅に響く中、明るく柔らかく教え諭すような歌なのが味わい深い。彼の冷静で思慮深い人柄を表しているのかもしれない。ホロフェルネスさんは貴人である。族の総長でも不良でもないので、18世紀のヴェネツィア人から蛮族呼ばわりされようと、「日和ってる奴いる?いねえよなぁ!!?」なんて言わないのだ。ミレニアムそこそこのジャパニーズ暴走族なんぞよりよっぽどやばい?この作品の倫理観は紀元前レベルとなっております。

 初演で歌ったのは、ピエタ慈善院(Pio Ospedale della pietà)付属の音楽院に所属する「コーラスの娘たち(Figlie di Choro)」の一人、アポッロニア(Apollonia)さん。声部はコントラルト。
 youtubeで探せば、デルフィーヌ・ガルー(Delphine Galou)さん含め、初演と同じコントラルトで歌うホロフェルネス将軍もちらほらいらっしゃる。聴き比べると面白い。コントラルトだと、メゾソプラノより穏やかさが増すかもしれない。

参考・引用資料
"JUDTHA TRIUMPHANS TEXT AND TRANSLATION"台本及び英語対訳
https://web.archive.org/web/20080719194540/http://www.pinchgutopera.com.au/cms/uploads/productions/juditha%20text%20and%20translation.pdf
"Wikipedia"イタリア語版 "Juditha triumphans devicta Holofernis barbarie" https://it.wikipedia.org/wiki/Juditha_triumphans_devicta_Holofernis_barbarie
"YouVersion"内"新共同訳 ユディト記" https://www.bible.com/ja/bible/1819/JDT.1.%25E6%2596%25B0%25E5%2585%25B1%25E5%2590%258C%25E8%25A8%25B3

この文章書いてる人はラテン語に関してド素人です。
アブラハムの宗教とか色んな知識が中途半端なので、
おかしなことを書いているかもしれません。