アイルランド(・ゲール)語について

 現在まで生き残った希少なケルト族の言語。UKの各地に仲間がちらほら、あとフランスのブルターニュ、移民を通してカナダなんかにも親戚が残っているが、どれも話者は少ない。
 アイリッシュ・ゲール語とも言う。日本語で単にゲール語という場合、大体アイルランドのゲール語のこと。
 アイルランドでは一応アイルランド語が公用語ということになっているが、大多数のアイルランド人が普段喋っているのはアイルランド英語。学校教育では必修科目であるため、読み書きできるアイルランド人は多いようだが、16~18世紀のイングランド支配と言語弾圧を経て、現在ネイティブの話者はごく少数。
 現在、アイルランド政府は、ゲール語が生きた言語として使われている地域をゲールタハトと指定し、アイルランド独自の言語、牽いては伝統文化を保護しようと躍起になっている。気持ちは分かるけど、ゲールタハトの英語標識撤去するのはどーかと思う。標識読めなくて交通事故が起きたらどーするんだ。
 
 英語もアルファベット綴りと発音の乖離、例外の多さには定評があるけど、アイルランド語だって負けてない。つーか、読めない。日本語といい、島国の言語はひねくれるもんなのか?
 まず、アイルランド語には標準語というものが(まだ)ない。大きくドニゴール、コナマーラ、マンスター方言に分かれ、それぞれの地域で発音や言い回しが異なる。それと日本語にも英語にもない発音が多過ぎるから、イタリア語みたいに「まあ便宜的に」カタカナ読みするなんて不可能に近い。Diarmaidという男性名をカタカナ表記したものとして、ディアミッドとディアルマドとジーァルムッジを見たことがあるよ。文法については・・とりあえずbe動詞の概念が通用しない。存在動詞もコピュラも人称による活用がないのはいいけど。※ただし人称語尾がつくことはある。単語のお尻の方だけじゃなく頭の方も変化する。原型が分からん。辞書が引けない。
 ・・とまぁ、お勉強してると嫌になること多いけど、耳に心地良い綺麗な言語です。
 Moya Brennanさん曰く、『ゲール語の語感が持つ神秘性は、言葉の意味に関係なく、人々の心をとらえる力を備えていると思うの。それとゲール語の母音は、楽器が織りなす音と同じという特徴がある』だって。
 
 
 ※アルバム『パーフェクト・タイム』付属の歌詞カードより。服部のり子さんによる解説、インタビュー記事から引用。


参考文献


入門書・文法書

・『アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言』(研究社 2008)
 2009年9月現在出版されている中で一番詳しい日本語によるアイルランド語文法書。アイルランド人教師Mícheál Ó Siadhail(ミホール・オシール)さんの著作"Learning Irish"の翻訳版。京都アイルランド語研究会が編訳してくれた。コシュ・アーリゲとは、コナマーラ地方の中の地域のこと。CD付で定価5,400円。

・『ニューエクスプレス アイルランド語』(白水社 2008)
 上記『アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言』編訳の責任編集者である梨本邦直さんの著作。やはりコナマーラ方言を主体に学習が進められるようになっている。研究社の方より情報量は少ないけど、分かり易い。付録のCDにはネイティブの話者と学習によってアイルランド語を習得した話者それぞれの発音が録音されており、聞き比べることができる。定価は3,000円。
 ブレナン一家含め、私の好きなアイルランド人歌手は大体ドニゴール方言なんだよなぁ。発音が違う。『ゲール語四週間』しかなかった頃に比べたら天国だけど。

・『ゲール語四週間』(大学書林 1983)
 日本アイルランド文学会のCathal Ó Gallchóir(カハル・オガルホール)さんと三橋敦子さんの共著。アイルランド語を覚えてゲートタハトを観光しよう、ではなく、アイルランド語に触れ、原語で書かれた文学作品に触れてみよう、という本だと思う。4週間この本で勉強したところで間違ってもアイルランド語が喋れるようにはならない。
 昭和に定価4,700円だぜ?更に別売のカセット6,000円だぜ?かなりお高いけど、それだけの価値があるものだった。昔は日本語でアイルランド語の発音や文法を解説してくれる本はこれだけだったんだ。あと、発音記号付で単語を紹介してくれてる『ゲール語基礎1500語』ってのもあったけど。
 偉大なパイオニアではあるけれども、今から勉強始めるならとりあえずニューエクスプレスがおすすめ。

・『Modern Irish Grammatical Structure and Dialectal Variation』(Cambridge University Press 1989)
 『アイルランド語文法 コシュ・アーリゲ方言』の底本"Learning Irish"の著者Mícheál Ó Siadhailさんによる、Cambridge Studies in Linguistics(ケンブリッジ大学言語学研究)シリーズの一冊。文法書のような顔をしてるけど、「入門を終えて、これからちょっとずつ文法も知っていきたいな♪」という初級者が手に取る本では絶対にない。「各方言を通して、現代アイルランド語の文法構造と音韻体系を概観してみたよー」という論文。
 「この単語の、この方言での発音は?」をダイレクトに検索できる訳じゃないけど、真面目に読み込めば各方言の発音の癖みたいなものがざっくりと見えてくる・・かもしれない。非常に専門的だけど、英語がすらすら読めるアイルランド語上級者にはすごく面白い情報満載だろうなー。私は使いこなせてないけどね!コシュ・アーリゲ方言は、「コナハト方言グループ→西コナハト→ゴールウェイ→西ゴールウェイ・コナマーラ方言」の一つ。一方、私がよく聴くグウィードア(グウィドー)方言は、「アルスター方言グループ→西アルスター→ドニゴール→北ドニゴール方言」の一つ。そりゃ発音も違うわ!


辞書・事典

・『ケルト事典』(創元社 2001)
 ドイツ人学者Bernhard Maier(ベルンハルト・マイヤー)さんによる"Encyclopedia Celtica"の翻訳版。鶴岡真弓さん監修、平島直一郎さん他訳。
 ケルト文学、史跡に関する用語990項目が納められ、ケルトの遺産が収蔵された各国の博物館及び膨大な数の参考文献(日本語文献はないけど)が紹介されている。
 アイルランド語、ウェールズ語その他ヨーロッパ諸語の固有名詞はカタカナ読みから引くようになっているが、正しい綴りと発音記号もちゃんと併記されている。カタカナ変換、非常に苦労なさったようです。分かります。でもできればアルファベットからも引けるようにして欲しかったなー。
 西洋ファンタジーオタク必携・・するには高いけど、買って損はない。定価4,200円。

・『Foclóir Póca』(AN GÚM 1986)
 English-Irish、Irish-English。タイトルはアイルランド語でその名も「ポケット辞書」。見出し30,000語。アイルランド人がアイルランド語学習の為に作った、唯一発音記号がついているアイルランド語辞書。
 Dónall Ó Baoill(ドーナル・オブィール)さんという方が「発音統一しない?方言色々あるけど、ちょうど良く間とってさ」と提案したらしい。が、残念ながらネイティブは勿論のこと、学習者にもこの発音は定着しなかったとか。この辞書で発音記号を確認してから音源を聴いても「違うやないけー!」ということはしばしばだが、読み方の見当もつかない初心者には非常にありがたい。
 上の『ケルト事典』の綴りとは微妙に違うこともあるけど、気にしてはいけない。地域ごとに綴りまで違う言葉いっぱいあるみたいだから。

・『Collins Pocket Irish Dictionary』(Harper Collins Publishers 1997)
 今は無き丸文京都河原町店で、管理人が最初に入手したアイルランド語辞書。イギリスのCollins社が出したEnglish-Irish、Irish-English。二色刷りで見やすく編集されていて、補足説明も充実。英愛と愛英の間に文法解説があるから助かる。文法用語が分かんなくて英和も手放せなかったけどね!発音記号はない。ペーパーバックにしては良い紙が使われていて、ページを捲って手が黒くならないのもいい。ただし、携帯するとFoclóir Pócaより重い。
 ところで、私が持ってる版だと"Over 50,000 references and 65,000 translations"と謳ってるのに、密林で売ってる2nd Revised editionの説明には"With over 35,000 references and 50,000 translations"と書いてある。あれ?定価はUKで£7.99、カナダで$17.50。3rd editionはKindle版とアプリ版も出てるみたい。結構安くて、1000円そこそこ。47,000 references and 69,500 translationsだって。

・『Foclóir Gaeilge-Béarla』(AN GÚM 1977)
 Niall Ó Dónaill(ニール・オドーナル)さんによる、やっぱりアイルランド人学習者向きIrish-English。でかくて重い。古語なんかはまた別の辞書が必要だけど、ポケット辞書にないような現代アイルランド語の単語なら、こいつを引けば大体載ってる。発音記号がついてないのが残念。
 私は£18で買ったけど、今は無料の電子版もある。ネット環境さえあれば↓でいつでも検索可能。

・"Dictionary and Language Library" http://breis.focloir.ie/en/
 高性能オンライン辞書。『Foclóir Gaeilge-Béarla』(AN GÚM 1977)と『English-Irish Dictionary』 (AN GÚM 1959)が無料で使える。更にGrammar Databaseからは名詞、形容詞、動詞の語形変化を確認できる。そしてPronunciation Databaseからは方言差の大きい単語について主要3地方(アルスター、コナハト、マンスター)の発音が聞けるという夢のようなサイト。今後のデータベース拡充を熱烈に期待。

 
 マイナー・ジャンルの専門書はお高いと決まっている。本棚の中にはまだまだあります。ドニゴール方言に近いってことでスコットランド・ゲール語の辞書まであります。そろそろケルト関連の蔵書数がエジプト関連の蔵書数に追いつきそう。地味に買ってたらエラい数になってたよ。
 専門書ばっかり持ってる割に全然知識がついてないから、インテリぶった本棚を人に見られるのが微妙に恥ずかしかったりする。故に目立つとこにはライトノベルと漫画と児童書を置いておく。
 ・・まぁ、あれだよ。習得できなくていいんだ。何かを知りたい時に調べ物ができる環境さえあればいいんだ・・