うつろなほろ〜


ラテン語・・それは美しい言語。
イタリア、フランス、スペイン、ポルトガル、ルーマニア・・
ヨーロッパの様々な国々で話される、たくさんの言語を産んだお母さん。
短い言葉で奥深い表現が可能な、詩文と弁論に秀でた言語。
その明快で無駄のない、リズミカルな響きは、
役割によって格変化する名詞と形容詞、主語と時制によって多様に活用する動詞のおかげ。
美しきラテン語・・
それは・・学習者の悪夢。


 ということで、ラテン語です。志方さんの十八番はイタリア語ですが、Hollowにおいて、近代英語に混ぜてラテン語の歌詞を歌っていらっしゃいます。NavigatoriaとかHarmoniaもラテン語だし。ところでこの曲、私は最初に聴いた時、車酔いしたかってぐらい気持ち悪くなりました。慣れたらいつの間にかはまってましたが。
 つーことで、恒例の元ネタつっこみ、いってみます。

Hollow

Tu fui ego eris, Odi et Amo
Tempus est quaedam pars aeternitatis

Domina omnium et regina ratio est

Utinam tam facile vera invera possem quam facile convincere

※ラテン語部分のみ



※アルファベットの上のマクロン(線)は、長母音の記号です。辞書や文法書ぐらいにしか書いていません。
※イタリア語の辞書では動詞の不定詞が原形として載っていますが、ラテン語の辞書では基本的に直説法能動の1人称単数現在形で載っています。
※ラテン語の“古典式”発音では、アクセント位置を「強く」ではなく「高く」読みます。日本語の「箸(シ)」みたいに。

Tu fui ego eris, ――ローマ 墓碑銘より

トゥ フィ リス
Tu fui ego eris
人称代名詞 動詞(原型:sum) 人称代名詞 動詞(原型:sum)
(私は)〜だった (君は)〜だろう
you I have been me you will be
私は君だった。君も私になるだろう。

tūは2人称単数主格。ūは長母音だから伸ばす。egoは1人称単数主格。
イタリア語と同じく動詞の形で分かるから、普通主語としての人称代名詞は省略する。この場合は補語。

不規則動詞sumは、イタリア語のessereであり、英語のbe。無茶苦茶に不規則変化して初心者を窒息させる。
fuīは直接法(現在)完了1人称単数形。
erisは直接法(未完了)未来2人称単数形。

 このフレーズだけじゃ何が言いたいのかさっぱり分からんところだけど、これは紀元前1世紀の墓銘として刻まれてた言葉。
 ゆえに、「私も昔は君みたいに生きてたんだ。でも君だっていずれは私と同じように死ぬんだよ」と解釈される。
古代ローマの墓碑銘は、こんな感じのブラックユーモアや遊び心があるものが多くて、結構面白い。


Odi et amō ――Gaius Valerius Catullus(BC84〜54頃) Carmen 85.(詩 85番)より

ーディー モー
Odi et Amo
動詞 接続詞 動詞
(私は)憎む そして (私は)愛する
I hate and I love
私は憎み且つ愛する

ōdīは直接法能動(現在)完了1人称単数形。え?何だって?ōdīは完了形でしか出てこない?おまけに完了の形だけど意味は現在形?・・泣いていいすか?
よく分からんけど、「過去に嫌いになって今現在も嫌っている」=「憎む」ってこと?
amōは直接法能動(未完了)現在1人称単数形。

 ヴェローナ生まれ、ローマ育ちの恋愛詩人ガイウス・ウァレリウス・カトゥッルスさん。
 ガイウス・ユリウス・カエサル(英語名ジュリアス・シーザー。クレオパトラと結婚した人)より一世代若いけど、同時代に生きてた。英雄を風刺する詩を書いたりもしたみたい。恋愛詩というジャンルを確立した人として名高い。
 上の詩文は、彼の作品“Carmina”(詩集)に出て来る。レスビアという女性に向けた言葉。


Tempus est quaedam pars aeternitatis ――Marcus Tullius Cicero(BC106〜43)

ンプス スト エダム ルス アエテルニーティス
Tempus est quaedam pars aeternitatis
名詞 動詞(原型:sum) 形容詞(quidam) 名詞 名詞(aeternitas)
(それは)〜である ある 部分 永久の
time is certain part of eternity
時間は、永遠のある一部分である。

第2変化男性名詞tempus単数主格。
estは動詞sumの直接法(未完了)現在3人称単数形。
quaedamは形容詞quidamの女性単数主格形。parsを修飾している。
第3変化女性名詞pars単数主格。
aeternitātisは第3変化女性名詞aeternitāsの単数属格。

 古代の優れた文化人として有名なマルクス・トゥッリウス・キケローさん。この人も例のカエサルと同時代の人。執政官にもなったことがある。知識人で愛国者で弁達者。でもメンタルは弱い。カエサルとは政治的に敵対関係だったけど、文学者同士オフでは仲良しだったらしい。カエサル死後、マルクス・アントニウス(英語名マーク・アントニー。クレオパトラと以下同文)とガイウス・ユリウス・カエサル・オクタウィアーヌス(後のアウグストゥス)が覇権を争ったり手を組んだりのごたごたに巻き込まれて殺されてしまう。どーでもいいけど、古代ローマ人(男)のファーストネームはバリエーションが少ない上に氏族名や家名が被ってたりもするから、非常にややこしい。
 上の詩は、“De Inventione”(発想論)に登場する。「自分が生きてる時代は永遠の中のほんの一瞬なんだ」ってことらしい。英語訳ならオンラインで読めるけど、途中で飽きた(_ _,)/~~ 。なので、どういう文脈でこの言葉が出て来るのか、確認してない。


Domina omnium et regina ratio est ――Marcus Tullius Cicero(BC106〜43)

ミナ ムニウム レーーナ ティオー スト
Domina omnium et regina ratio est
名詞 形容詞(omnis) 接続詞 名詞 名詞 動詞(原型:sum)
女主人 万物の そして 女王 理性 (それは)〜である
hostess everything and queen reason is
理性は万物の主であり、女王である。

第1変化女性名詞domina単数主格。
omniumはomnisの中性複数属格形。「すべての」という意味の形容詞だけど、この場合は名詞化。そんなのもあり。
第1変化女性名詞rēgīna単数主格。rēxの女性形。
第3変化女性名詞ratiō単数主格。
estは動詞sumの直接法(未完了)現在3人称単数形。
主語と述語が最後にあるのも、語順の自由度が高いラテン語ゆえ。

 これもキケローさんの“Tusculanarum Disputationum”(トゥスクルム論議)が原典。
 トゥスクルムというのは昔の地名で、今のフラスカーティ。そこにキケローさんの別荘があった。その別荘で、キケローさんがブルートゥス君にひたすら哲学談義を吹っ掛けているだけのお話。このブルートゥス君はマルクス君?同い年の従兄弟のデキウス君じゃないよな。「ブルートゥス、お前もか!」のブルートゥス君もどっちなんだか。歴史と一緒に、当時のローマの哲学者の考えとかキケローさんの人となりとかが分かって、面白いと言えば面白い。日本語訳を流し読みしたことあるけど、ためになる以上に眠くなる。


 英語部分はそのまま載せませんが、分かった限りの出典及びへたくそな直訳。間違ってる可能性大。
 言っておくと、自力で分かったのはThe tempestだけ。Google先生は偉大なり。


我らの人生の網は 煩雑に編まれたもの

善いものも悪いものも集めて
The web of our life is of a mingled yarn, good and ill together.
(人の一生は、善と悪を縁り合わせた糸でできた網)
“All's Well That Ends Well”(終わりよければすべてよし)より

人とは 何とこの上なく儚いものだろう
※beauteousは「美しい」と「儚い」の意味がある。
How beauteous mankind is! O brave new world! That has such people in't!
(人間って何て美しいんでしょう!素晴らしい新世界!こんな人々が住んでいるのね!)
“The tempest”(嵐)より 初めて父親以外の人間を見たミランダの台詞


我らは共にカタコンベの中で 救済と疎遠になる
※weeとかCatacombeとか、語尾に余分なeがつくのは古語的表現。

汝 嘆き悲しめ 楽しい過去は決して戻らない
※Grif thyselfは、Grieve yourself。neerはnever。

汝の沈黙の涙は流れ尽くす

解放を称えよ 汝は囚われ人にあらずして征服者
※conqureってconquerorでいいの?conquered?

奇妙な真紅の果実に唇を浸せば 甘美な罪は蜜の甘さ
※GoutはGuilt。


Utinam tam facile vera invera possem quam facile convincere ――???

ティナム ファキレ ウェーラ ンウェラ ッセム クァ ファキレ コンウィンケレ
Utinam tam facile vera invera possem quam facile convincere
接続詞 副詞 形容詞(facilis) 形容詞(vērus) ?接頭辞+形容詞? 動詞(possum) 副詞 形容詞 動詞(convincō)
願わくは このように 容易に 真実を ?不真実? (私が)知れば 〜のように 容易に 確証する(こと)
I wish as easy truth I can as easy prove
容易に確証するように、私が容易く偽りの真実を知っていればいいのに。

facileはfacilisの中性単数対格形。
vēraはvērusの女性単数主格形。名詞的用法。
inveraってナンデスカ?分からないから勝手にinを打消の接頭辞として訳してみる。
possemはpossumの接続法未完了過去1人称単数形。ここは「できる」と言うより「知る」かな。接続法で語り手の願望を表している。
convincereは第3活用動詞convincōの不定法能動現在形でいいのかな。
tam〜quam〜で英語のas〜as〜みたいな意味。

 ふぅ。全く自信がないぞ。何だこれは。
 キケローさんの“De Natura Deorum”(神々の本質について)の中に、
 Utinam tam facile vera invenire possem quam falsa convincere.
 (虚偽を証明するのと同じほど容易に真実を発見できたらいいのに)
 という一文があるけど、invenire(発見する)がinveraに、falsa(嘘)がfacileになっている。なんかfacileが2つあるよ。
 形容詞が名詞として使われるのはラテン語によくあることだけど、vera inveraって、これどうしたらいいんだ?「真の虚実」?「偽りの真実」?
 vera et inveraにしてくれたら、「真実と嘘」と訳せるんだけど。でもCD聴くとinveraのe、単母音っぽいんだよな・・


光 探索する光は、光から光を騙し取られる
※dothはdoes
Light, seeking light, doth light of light beguile;
So, ere you find where light in darkness lies,
Your light grows dark by losing of your eyes.
{光(視力)が光(真理)を求めると、光(目)から光(視力)を騙し取られる。
そう、闇の中に光(真理)を見つける前に、
目の損失によって、あなたの光は暗くなってしまうのだ}
“Love's Labour's Lost”(恋の骨折り損)より
学問に傾倒して本ばっかり読み過ぎてると、
目が悪くなって、二度と真理の探求なんかできなくなっちゃうよ〜という意味らしい。


そこに安らぎは見つけられない
※現代語だとThere doesn’t show a thaw.でいいかな。thawって古いか。

花弁の塵は 暗黙に

後に全く痕跡を残さない

Leaving no posterity(子孫を残す事なく)かな?
“The Phoenix and the Turtle”(不死鳥と雉鳩)より


汝の肉の刺を大声で嘲笑え

汝の血の色の王冠を身に着けろ

身悶えして足掻こうとも 闇は振り払えない塵 醜悪な塵
※stuggleはstruggle

体の望む通り 汝の渇きに恵みを与えよ 十分な水は汝の要求を満たす
※bodieはbodyで、desiousはdesire

虚ろを埋めるよう 溺れるように渇きを満たせ


 英語部分、William Shakespeare(1564〜1616)作品のオマージュ。彼の生没年はヒトゴロシイロイロと覚えましょう――と、阿刀田高先生が言ってました。
 シェイクスピアさんが生きた時代のイングランドは、エリザベス女王陛下の輝かしき御世。格調高いラテン語の古典が英語に翻訳されたり、古代ローマの思想が復権したりしたルネサンス全盛期。そんな華やかなりし時代の闇・・みたいなものを表現した歌なんだろうか?この曲好きなんだけど、どうも今一つ何を歌ってるのか掴めない。

 ところで、重箱の隅つつくような細かいこと言うと、この曲の英語は「古英語」じゃないです。「古い英語」という意味ならいいんだけど、"Old English"じゃなくて"Modern English"(近代英語)ですから。ちなみに狭義の古英語"Old English"はこんなの↓

 ac he man-cynnes mæste cræfte gin-fæstan gife, Þe him God sealde, heold hilde-deor.
(彼は人類の中で最も強い自制心をもって、神が与えたもうた豊かな天賦の才を、その勇士は保持したのだ)
 “Beowulf” 作者不詳 2180行目より。

 "Old English"は"Anglo-Saxon"(アングロ・サクソン語)とも呼ばれます。man-cynnesはmankind。この時代の英語は、名詞、形容詞、代名詞、動詞が複雑に変化するから、語順がそれほど重要なファクターじゃない。今の日本語と平安時代の日本語を比べるよりも、現代英語と古英語との隔たりは大きいかも。
 ところで、ハリウッド映画はアレですが、ベーオウルフさんはいい人です。強くて勇敢で責任感があるのに、尚且つ思いやりがあって謙虚なのが、ただ暴力を誇って不可能に挑みたがる『英雄』とは一味違うところ。