Panta rhei 〜万物流転〜
コナミのアーケードゲーム、『The Epic of Zektbach -FRAGMENTS OF ARIA TE'LARIA-』にて、
志方さんが「Turii 〜Panta rhei〜 トゥーリと星の民」という歌曲を歌っています。
歌詞はさっぱり分からへんけど、タイトルの元ネタ的な何かをうだうだと。
もう何年もゲームセンター行ってないなぁ・・
※古典ギリシア語の記号もすごく無理したらhtmlで出せるらしいので、実験してみました。現代語部分はいつものようにCentury、古典語フォントはArial
Unicode MSに指定しているので、パソコンの環境によっては、申し訳ありませんが文字化けします。
「万物は流転する」――これは、エフェソスの哲学者ヘーラクレイトスさん(Ἡράκλειτος:BC544-484)の言葉と言われています。この言葉が書かれた彼自身の著作は現存しませんが、専ら後世の哲学者たちによる言及から、彼がどういう主義主張を唱えていた人物なのかが分かるのです。
私、浅学にて、「万物流転」の原文として一番有名な"πάντα ῥεῖ(panta rhei)"の出典を知りません。キリキアのシンプリキオスさん(Σιμπλίκιος:AD490-560頃)が広めたとの話も聞き齧ったことがありますが、彼の著作は読んだことがないもので。
私が知っているのは、かの有名なアテナイのプラトーンさん(Πλάτων:BC427-347)が著書『クラテュロス』("Κρατύλος")に書いたこの文。
πάντα χωρεῖ καὶ οὐδὲν μένει.
(転写:Panta chōrei kai ūden menei)
パンタ | コーレィ | カィ | ウーデン | メネィ |
πάντα | χωρεῖ | καὶ | οὐδὲν | μένει. |
形容詞 | 自動詞(原形:χωρέω) | 接続詞 | 否定詞 | 自動詞(原形:μένω) |
あらゆるもの(複)は | (それは)退く | そして | 何(中)も〜ない | (それは)留まる |
あらゆるものは去り、何物も留まらない。 |
母音の上の´は、現代語にもある鋭アクセント。これがついてるところを高く発声する。逆向きの`は、低く発声する重アクセント。~または^は、長母音か二重母音につく曲アクセントで、鋭と重の合体。つまり「一旦上がってすぐに下がる」音を表す。
πάνταは、形容詞πᾶς(全ての、あらゆる)の中性複数主格(か対格)形で、この場合は中性名詞として使われている。
χωρεῖはχωρέω(退く、引き下がる)の直説法能動現在三人称単数形。古典語では、主語が中性名詞の場合、複数形でも動詞は単数形をとる。
καίは読み方違うけど現代語καιと同じ意味。後ろに単語が続くと、鋭アクセント(高い音)が重アクセント(低い音)になるので、文中で見かけるのは、ほとんどκαὶの形。
οὐδὲνは複合否定詞οὐδείςの中性主格(か対格)。
μένειはμένωの(留まる、泊まる、しがみつく)の直説法能動現在三人称単数形。οὐδὲνがついて、「それ(中性)は留まらない」になる。
"Κρατύλος"とは、
「名前の正しさについて」、哲学者たちがうだうだと語り倒す、いかにもギリシア人らしい対話集。英語訳ならオンラインで読めるし、紙の本なら邦訳も出てるけど・・うん。正直眠たくなります。哲学好きにしか楽しい内容じゃないと思われます。
この中で、ヘルモゲネースさん(Ἑρμογένης:生没年不詳)と語り合うソークラテースさん(Σωκράτης:BC470or469-399)の台詞として、「ヘーラクレイトスはこう言ってたけど・・」という形で登場します。上記に続けて、
"δὶς εἰς τὸν αὐτὸν ποταμὸν
οὐκ ἂν ἐμβαίης."
(ディス・エィス・トン・アゥトン・ポタモン・ウーク・アン・エムバィエース)
『君は同じ川に二度入ることはできないだろう』
↑もヘーラクレイトスさんの言葉として引用しているので、合わせて「流れゆく川の水は決して一所に留まらず、同じ川に足を踏み入れても触れる水は同じではない」って感じに捉えていいんじゃないかと。イデア?何それ?
日本人なら「ゆく河の流れは絶えずして しかももとの水にあらず」を連想しますよね。プラトーンさんがこの引用を以って示さんとするのは、世の儚さなんかではなく、「そこにある水が変わろうと関係なく〜川は〜川と呼ばれる」とかいうことだけども。
古典語:πάντα ῥεῖ(パンタ・レィ)
πάνταはやはり形容詞πᾶςの中性複数形で名詞的用法。ῥεῖ(ῥέει)は、自動詞ῥέω(流れる)の直説法能動現在三人称単数形。母音じゃないけど語頭のρには必ず有気記号(h音)がつくので、アルファベットに転写する時はrhになります。
現代語:Τα πάντα ρεί(タ・パンダ・リ)
現代語・・と言いつつ、古文体。ταは中性複数主格か対格につく定冠詞。ついてることもないこともあり。一応ρέωという動詞が現代語にも残っているものの、デモティキではこういう成句以外で使われないと思う。口語らしい現代語なら、形容詞όλος(全ての)と動詞κυλώ(転がる、流れる、過ぎ去る)を使って"όλα κυλούν(オーラ・キルン)"とかになるのかな?現代語なので、動詞は中性複数形の主語と一致して直説法能動現在三人称複数形。
本当にギリシア人がそんな風に言うのかって?ごめんなさい。適当です。
めんどくさっ!コード書くのめんどくさっ!いっそ画像にした方が良かったんじゃね?
あとArial Unicode MSよりPalatino Linotypeの方がかっこいい。ρがρになったりするけど。
この短文だけで疲れ果てました。たぶんもう古希はやらない・・
参考文献
"An intermediate LIDELL AND SCOTT'S Greek-English Lexicon"(Oxford
Univ Pr. 1945 7th Edition)
古典ギリシア語→英語。古典ギリシア語を勉強する人なら、だいたい持ってるか、入手を検討したことのある辞書。価格は樋口さんでお釣りが来るぐらい。中辞典の割にでかいし、この手の洋書にしては印刷の質はひどくないからお得感がある。語彙豊富で分かり易い・・ハズなんだけど、英語がしんどい。
古希→日本語だと、このLIDELL AND SCOTT'Sシリーズを参考に作ったっぽい大学書林の『ギリシャ語辞典』ってのがあるんだけど、値段が文字通り桁違い。図書館にはあるけど、当然持ち出し禁止。どうもギリシア語は愛好家が多い割に日本語辞書、独習者向け学習書に恵まれてない気がする。
『古典ギリシア語入門』(白水社 2006)
池田黎太郎さんの著作。CDつき。日本人の発音なんて詐欺とか言うなかれ。ネイティブはもはやこの世を去って戻って来ないのだ。最近の出版なので、見易い。字が潰れてなくて虫眼鏡もいらない。やっぱ硬いしページ数の割に高いけど。