GLI ZINGARI IN FIERA : SCENA V

Giovanni Paisiello (1740 - 1816) :作曲
Giuseppe Palomba (1769-1825):作詞

Ahi lo treppiede, e lo spiedo!
Chi vuol la zingarella
Graziosa, accorra(accorta?), e bella
Signori, eccola qua?
Le donne sul balcone
Sa' bene indovinar.
I giovani al cantone
Sa' meglio stuzzicar.

A vecchi innamorati
Scaldar fa le cervella.
Chi vuol la zingarella
Signori eccola qua?

Occhi di luna piena,
Bocca della fortuna,
Ogni grazia, ogni garbo in te si aduna.
Tu stai collerosetta,
Con un che ti vuol ben.
Sei di buon cuore,
Ma hai le male lingue,
Che parlano di te sera e mattino.
Dammi la cortesia che t'indovino.


 何か、もう志方さんの「ロマの娘」とは全然関係ないことになってるよ!いつものことか?一応ピンク色の部分が、「ロマの娘」間奏コーラスの該当箇所。声楽曲Chi vuol la zingarellaの一般的な歌詞とは微妙に違ってて、ちょっとびっくり。
 以前作った声楽曲Chi vuol la zingarellaのページもここに残しておきます。志方さんの歌うコーラスの歌詞はこっちの方。

"GLI ZINGARI IN FIERA"
 『市場のジプシーたち』
 ジャンルはオペラ・ブッファ(喜歌劇)またはドランマ・ジョコーゾ(滑稽劇)。1789年にナポリで初演{Wikipediaによると、1789年11月21日Teatro dei Fiorentini(フィオレンティーニ劇場)にて初演。フェスティバルCD(資料1)の歌詞カードによると、1789年Teatro del Fondo(フォンド劇場)にて初演?・・あれ?}。1820年リスボンTeatro Nacional de São Carlos(サン・カルルシュ国立劇場)公演辺りまでは、ヨーロッパ各地で割とコンスタントに上演されてたみたい。
 劇中歌"Chi vuol la zingarella"は今でも声楽曲として有名なものの、オペラとしては忘れ去られて久しい作品です。が、2008年11月26日ターラントにて、ジョバンニ・パイジェッロさんのフェスティバルが開催され、そこで久しぶりに上演されました。詳しくはこちら。翻訳エンジンでも使って下さい。これを録音したCDが発売されたりしたもんだから、うっかりホイホイされたアホが、乏しい英語伊語読解能力を振り絞って何かつらつら書いてみました。

 ところで、この「ジプシー」ってカタカナ英語もそうだけど、イタリア語のzingari{ジプシー男はzingaro(-i)、ジプシー女はzingara(-e)、ジプシー娘がzingarella(-e)で、ジプシー少年はzingarello(-i)か?}も、差別的ニュアンスがあるから使わない方がいいという風潮がある。日本人にはあんまりピンと来ないし、音の響きだけ聞いたら綺麗だと思うんだけど、辞書でzingaroを引くと「服装がだらしない人」という意味もある。少なくとも、イメージのいい言葉じゃないようで。ということで、最近では彼ら自身の言葉rom(複数形はroma)に倣ってromと呼ぶことが多いらしい。「アイヌ」と同じで「人間」って意味だって。
 今も残る偏見だけど、流浪の民である「ジプシー」は、土地の人々に小狡くて怪しくて変な格好で胡散臭い犯罪者予備軍だと思われてたみたい。でも、そこが逆に謎めいてて神秘的で魅力的だったのか、「ジプシー」を題材にした芸術作品はヨーロッパに数多い。そこに描かれてるのは、歌や踊りが得意で、占いもしてくれる、んでもってしっかり小狡い、多芸で陽気な人々。
 イタリア語のromは借用語だからなのか、それとも単にroma(ローマ)と混同しないようにってことなのか、男だろうが女だろうか単数だろうが複数だろうが無変化という珍しい名詞。「ロマの」という意味の形容詞も同形romで無変化。頭につく冠詞、修飾する名詞の形は性数に応じて変わるから、普通は文脈と合わせて理解できるんだろうけど、roma(ローマ)がトロンカメント(語尾切断)でもしようもんなら混同必至。



SCENA V:Lucrezia allegra con truppa di zingari appresso, poi Stellidaura dal portone con cesta da far la spesa,
 『シーン3:ジプシーの集団を引き連れた陽気なルクレツィア、そこへ買い物籠を持って正面扉から出て来たステッリダウラ』

 シーン1〜2までのあらすじ:
 舞台はアンコーナに程近い海辺の田舎町。様々な店の並ぶ一角。道の一方には居酒屋と喫茶店、もう一方には貴族パンドルフォ卿の屋敷の玄関。ジプシーのシェーヴォラとバルバドロは、居酒屋の女将チェッカのために元気いっぱい喧しく、顰蹙を買いながら台所用具を修理中(「ジプシー=鍛冶が得意」もまた、オペラにおける一つのステレオタイプ)。
 文無し貴族エレウテーリオ君は、喫茶店でコーヒーを飲みつつ、居酒屋のチェッカさんに行方不明の姪のことを話す(たぶん二人ともテラス席にいるんだと思う)。20年前、森に置き去りにされた、不義の生まれの赤ん坊。今は生死も行方も知れないその娘を見つけ出して結婚すれば、エレウテーリオ君は遺産を相続することができるとか。
 てなところで場面変わって、ジプシーたちのボス(la capo)、ルクレツィアさんが歌います。
 


トレッピーデ ロ  スピード
Ahi lo treppiede, e lo spiedo!
間投詞 冠詞 名詞 接続詞 冠詞 名詞
ああ 五徳 〜と   焼き串
ああ、五徳に焼き串!

treppiedeはカメラの三脚なんかを指すこともある単語だけど、ここでは調理道具。三つ足の五徳。
spiedoは頭語がs+子音の男性単数名詞なので、冠詞はlo。
treppiedeの方は普通ならilがつくとこだけど、loになってるのはたぶんリズム合わせ。
"Ahi lo treppiede〜, e lo spiedo〜♪Ahi lo treppiede〜, e lo spiedo〜♪"と繰り返すのがかわいい。
 「さあさ、寄ってらっしゃい見てらっしゃい!五徳に焼き串、五徳に焼き串だよ!」って雰囲気で訳せば良かったかも。

ズィンガッラ
Chi vuol la zingarella
代名詞 他動詞(原形:volere) 冠詞 名詞
(それが)欲しがる ジプシー娘(単)
ジプシー娘をお望みなのは誰?

Chiは無変化の疑問詞。英語のWho。
vuolはvuoleのトロンカメント(語尾切断)形。
ziの発音は「ツィ」、「ズィ」、どっちもあり。

グラッツィーザ アッルタ ッラ
Graziosa, accorta, e bella?
形容詞 形容詞 接続詞 形容詞
優美な 抜け目のない そして 美しい
優雅で聡明 そして美しい(ジプシー娘を)

accortaは再帰動詞accorgersiの過去分詞形。
 え〜と・・フェスティバルCDの歌詞カード見るとaccortaじゃなくてaccorra{自動詞accorrere(駆けつける)の命令法三人称単数形か、接続法現在単数形}になってんだけど。あるぇ?誤植?英訳が"run to me,"だと?しかしCD音源ではやっぱりaccortaと歌ってるみたい。どういうことなの?
 いくら語順が自由な詩でも、ここにaccorraが入ってくるのはおかしい気がするんだけど。ロンドン公演版の歌詞もaccorta。うん、accortaにしとこうか。とりあえず。

スィンニョーリ ッコラ
Signori, eccola qua?
名詞 副詞+代名詞 副詞
紳士(複数) ecco la Here she is さあ(ここに)
紳士諸君、ここにいますよ?

Signoriは呼びかけの形。
友達と待ち合わせの時に、「お待たせ、来たよ!」って感じでeccomi qua!とか言うらしい。

ンネ スル バルーネ
Le donne sul balcone
冠詞 名詞 縮約冠詞 名詞
婦人(複) su il 〜の上に バルコニー
バルコニーの上にいるご婦人方

ーネ インドヴィール
Sa' bene indovinar.
他動詞(原形:sapere) 副詞 他動詞
(それは)できる うまく 占うこと
(彼女は)うまく占うことができますよ

声楽曲だとSo(私はできる)だけど、オペラではSa(それはできる)。ここはフェスティバルCD版もロンドン版もSa。
indovinarは不定詞のトロンカメント(語尾切断)形。

ジョーヴァニ アル カンーネ
I giovani al cantone
冠詞 名詞 縮約冠詞 名詞
若者(複) a il 〜の
街角の若者達

cantone・・英語のcorner。

ッリョ ストゥッツィール
Sa' meglio stuzzicar.
他動詞(原形:sapere) 副詞 他動詞
(それは)できる もっと 刺激すること
(彼女は)そそることができますよ

ここも声楽曲だとSo(私はできる)だけど、オペラではSa(それはできる)。
stuzzicareは「つつく、いじくる、嫌がらせをする、そそる」。
これもトロンカメント。

ヴェッキ インナモーティ
A vecchi innamorati
前置詞 形容詞 名詞
〜に 年取った(複) 恋人たち
年老いた恋人たち

あれ?vecchiが名詞でinnamoratiが形容詞だと思ってたけど、もしかして逆か?

スカルール ファ チェルヴェッラ
Scaldar fa le cervella.
他動詞 他動詞(原形:fare) 冠詞 名詞
熱する (それが)〜させる 脳(複)
あなたたちの頭を興奮させましょう

scaldareがトロンカメント。fare+不定詞で「〜させる」。
ここも声楽曲だとfo(私が〜させる)だけど、オペラではfa(それが〜させる)。
でもなー、繰り返し歌ってるんだけど、どっちかっつーとfoに聴こえるんだよなぁ・・

ズィンガッラ
Chi vuol la zingarella
代名詞 他動詞(原形:volere) 冠詞 名詞
(それが)欲しがる ジプシー娘(単)
ジプシー娘をお望みなのは誰?

スィンニョーリ ッコラ
Signori, eccola qua?
名詞 副詞+代名詞 副詞
紳士(複数) ecco la Here she is さあ(ここに)
紳士諸君、ここにいますよ?


歌はここまで。ここからは台詞。


ッキ ディ ーナ ーナ
Occhi di luna piena,
名詞 前置詞 名詞 形容詞
目(複) 〜の 満ちた
満月の両目


ッカ デッラ フォルトゥーナ
Bocca della fortuna,
名詞 縮約冠詞 名詞
di la 〜の 幸運
幸運の口


ンニ ッツィア ンニ ルボ イン スィ ドゥーナ 
Ogni grazia, ogni garbo in te si aduna.
形容詞 名詞 形容詞 名詞 前置詞 代名詞 再帰動詞(原形:adunarsi) 
あらゆる 優美さ あらゆる 礼儀正しさ 〜に 君を  (それは)集まる 
あらゆる優美さと礼儀正しさがあなたに集まっています

adunarsiは他動詞adunare(集める)の再帰動詞形。三人称単数形・・graziaもgarboも単数形だから?

トゥ コッレロッタ
Tu stai collerosetta,
代名詞 自動詞(原形:stare) 名詞?
君は (君は)〜(の状態)でいる ?怒る女?
あなたは怒りん坊です

collerosettaは辞書にないけど、たぶん名詞collera(激怒)に動作主接尾辞女性形がついて、「怒っている女」の意味だと思う。

コン ウン ティ
Con un che ti vuol ben.
前置詞 代名詞 関係代名詞 代名詞 他動詞(原形:volere) 副詞
〜に対して 誰か(男) 〜であるところの 君を (それが)必要とする とても
あなたをとても必要とする誰かに対して

vuolはvuoleの、benはbeneのトロンカメント形。

ディ ーレ
Sei di buon cuore,
自動詞(原形:essere) 前置詞 形容詞 名詞
(君は)〜だ 〜を持った 良い
あなたは善良な心の持ち主です

buonはbuonoのトロンカメント形。

ーレ ングエ
Ma hai le male lingue,
接続詞 他動詞(原形:avere) 冠詞 形容詞 名詞
しかし (君は)〜を持っている 悪い(複) 舌、言葉(複)
けれどあなたは悪い舌を持っています


パルーノ ディ ーラ マッティーノ
Che parlano di te sera e mattino 
関係代名詞 他動詞(原形:parlare) 前置詞 代名詞 名詞 接続詞 名詞
〜であるところの (それらは)話す 〜について 君を 夕方 〜と
朝夕あなたについて語る

parlanoの主語はle male lingueか。

ンミ コルテズィーア ティンドヴィーノ
Dammi la cortesia che t'indovino.
他動詞(原形:dare)+代名詞 冠詞 名詞 関係代名詞 代名詞+他動詞(原形:indovinare)
da' mi (君が)私にくれ 心づけ 〜であるところの ti indovino (私が)君を占う
あなたを占うためのチップを下さい

cortesiaは「親切、思いやり、礼儀正しさ」なんて意味だけど、この場合はチップ、占い代金。


以下、オペラの背景を踏まえて意訳。


さあ、五徳に焼き串、五徳に焼き串はいかが!
可愛くて賢くて、そして美しい
ジプシー娘にご用なら、
皆様 その娘はここよ?
 
バルコニーのご婦人方
その娘が占って差し上げるわよ
街角の坊やたち
恋の駆け引きならおまかせなさい

年嵩の恋人さんたち
情熱を取り戻してみたくない?
ジプシー娘にご用なら
皆様 その娘はここよ?

[※ステッリダウラを出迎えて]
満月の瞳
幸運の女神フォルトゥーナの口元
あなたの姿はまるで あらゆる優美さ 淑やかさを集めたよう
あなたをいつも求めている誰かさんに怒れるあなた
綺麗な心の持ち主だけれど
朝な夕なに毒づいてしまう
いけない舌を持っているのね
心づけを下さいな あなたを占って差し上げましょう

んで、

Ste.「からかわないで、ジプシーさん。ケチなご主人様に仕える貧しい召使いが、あなたに何を指し上げられるって言うの?」
Luc.「あなたのマスターはお金持ちなの?」
Ste.「それはもう悪どいお金持ちで、その上ドケチなのよ。朝な夕なに洞窟でお宝を見つける方法を探してるんだから」
Luc.「その人に会ってみたいわね」
Ste.「ほら(笑)、あの人よ!庭師と怒鳴り合ってる。私はもう行くわ。また会いましょう」
Luc.「近い内にね。ここで待ってるわ」
Ste.「あなたに精一杯協力するわ」

 みたいなノリで、ステッリダウラさんの意地悪なマスター、パンドルフォ卿を騙くらかしてお金を巻き上げる作戦始動。
 チャーミングで腹黒いジプシーのボス、ルクレツィアさん。胡散臭さ全開です。
 ちょっと訳語が適切じゃないかもしれないところもあるけど、とりあえず元ネタのオペラはこんな雰囲気。
 え?意訳修正したら余計にエロくなった?気のせいだよ!


引用・参考資料
1.“GLI ZINGARI IN FIERA”(Bongiovanni 2010)

 CD2枚組。2008年11月26日Giovanni Paisiello Festival開催中、Teatro Orfeo di Taranto(ターラントのオルフェオ劇場)にて復活公演した際の録音。ルクレツィア役はTeresa Di Bariさん。歌詞カードと呼ぶには分厚い解説・台本付。英語対訳もあり。このページの歌詞、台詞はこの台本から引用してます。

2.“Gli Zingari in Fiera a Comic Opera as Represented at the King's Theatre in the Hay-Market, the Music by Sig. Paisiello.”(ECCO Pr. Editions)
 1799年、ロンドン、ハイ・マーケット、キングス・シアター公演時の台本。ルクレツィア役はBolla嬢。British Library(大英図書館)に収蔵されてる原本のコピー。↑のバージョンと比べると、セリフやシーンが短縮されてたり分かり易く変更されてたり。この台本ではChi vuol la zingarellaを歌うのはScenaU。やっぱり舞台によって色々変えてるんだなー。ぽちぽち入る皮肉がよりどぎつくなってる気がするのはお国柄か?全編イタリア語だけど、ちゃんと英語対訳もついてる。勿論18世紀の英語だけどね!古い活版印刷本のコピーなもんだから、ところどころ文字が欠けてて読解困難なのは仕方がない。
 ECCOっつーのはEighteenth Century Collections Onlineの略で、18世紀英国で刊行された、または英語で刊行されたありとあらゆる文献資料を蒐集するマイクロフィルム・データベースのこと。貴重な古文書を素早く検索閲覧できる優れもの。日本でも導入してる大学や研究機関で利用可。東大、早大、京大なんかだと、キャンパス内のパソコンから自由にアクセスできるハズ。

3.“I ZINGARI Opera buffa”:http://books.google.co.jp/books
 色々ググってたら見つかった謎の台本。ルクレツィア役はGiuseppina De-Meric Alexandreさん。↑のキングス・シアター公演版より更に削られて、Chi vuol la zingarellaのアリアも短縮されてる。1840年にトレヴィーゾのTeatro d'Onigo(オニーゴ劇場)公演だと?このサイトによると、この劇場、1836年に火災に遭って、復旧したのが1846年となってるんだが、別の劇場のことなのか、工事中の劇場で上演されたのか・・?