Bí liom

 いつも思うことだけど、外国の歌曲アルバムを日本盤にして売り出す時の、企業の努力はすごい。
 翻訳した歌詞の掲載は勿論のこと、アーティストの紹介文、時にインタビュー記事、ボーナストラックなど、様々な得点をつけて、例え本国盤より発売が遅くとも、最近は安く簡単に楽曲がダウンロードできると言っても、顧客がつい手を伸ばさずにいられないようなものを用意してくれる。
 Moya Brennan様の傑作コンセプト・アルバム"Two Horizons"。この日本盤を出してくれたことも、本当に嬉しい。感謝している。が、一つ言いたいことがある。私と同じく日本盤を手に入れた方は、この思いを分かって下さるだろうか。これに関しちゃボーナストラックは別にいらなかったとかそんなことじゃなく、

 何故4曲目の歌詞・対訳がない!?

 この歌だけ、歌詞が全部アイルランド語だってことが原因なんだろうけど。公式英語訳が出る前に編集作業を終えて発売しなきゃならなかったとか色々大人の事情があるんだろうけど・・
 もちろん、あの美しい音楽を聴くだけで、Moyaさんの世界に浸れるんだ。どっぷりと。
 アイルランド語はおろか、英語のヒアリング能力さえぐだぐだな私だから、最初の内は、「え?今のどゆ意味?」なんて考えながら聴いちゃいない。むしろいきなり歌詞カード見るなんて無粋。曲順を覚えるほどにリピートして、満足してから開くものだと思ってる。
 だけど・・だけど・・盲目的な初恋はいずれ醒めるんだよ。そうすると、惚れた相手のことをもっと知りたくなるんだよ。更なる魅力を知って惚れ直したくなるんだよ。ましてやこれ、物語だよ?抜けてちゃ駄目じゃん。あうぅ・・すごく面白い小説の途中の章だけ読めない、このもどかしさは・・
 そうか・・これは試練か。自力で聴き取って理解してみろという試練なのくわっ!?

 しばらくして、公式サイトに歌詞が英訳付で掲載されていることを知りましたが。
 その頃にはもうCollins社のアイルランド語辞書と『ゲール語四週間』を買っていたという。当時差し迫っていた大学の課題から現実逃避を図っただけだなんて、いやいやそんなことは。
 
 公式サイトのここをご覧下さい。英訳付歌詞を見ることができます。
 CDを持っていない人は、こちらで試聴してみて下さい(FLASHです)。イントロムービーが流れた後、AUDIO CLIPSをクリックしてから「BÍ LIOM  4」を選択すると曲が流れます。

 なだらかな平野が広がる美しい島、アイルランド。
                            その東方に誇らしく鎮座するタラの丘。
  長い歴史を通して、王達、戦士達、聖者達が集った場所。
        御殿の大広間では、集会と祝賀のために聖なるハープが奏でられた。
    それは、上王の権威の下で正義が成され、
                 この地が希望と真実によって統治された時代のこと。
      時は遷ろい、
          かつてこの地でかき鳴らされた聖なるハープは失われた。

 『それを見つけなければ』
    白髪で盲目の人は、そう言った。
      土埃の舞う雑踏の中、不意に目を奪われた見知らぬ人。
                                         時の放浪者。
        無窮の声は、「ずっとあなたを待っていた」と言う。

 『上王の時代は遠く過ぎ去り、その信義は棄てられた。
          勇気を持ちなさい。この地に希望を取り戻すために』

            彼の旅は終わり、今は“私”の前に道がある。
               かつて聖なるハープの辿った道が・・


                        “Two Horizons”より ここまでのあらすじ これを蛇足の蛇足と言う



 「広子音?短母音?ナニソレry)」な私の耳には聞き取れるかバカヤローな音を、無理矢理カタカナにしました。辞書の発音記号も横目で参考にしつつ、「無理に当てるならこのカナじゃね?」な思い込みを優先。アクセントとかその辺はまるっと無視。

単語帳
・bí(ビー)・・意味は「(あなたが)いなさい」。存在動詞トー(ある、いる)の二人称単数命令形。
・liom(リォム)・・意味は「私と」。前置詞leルェ(〜と)の代名詞形(前置代名詞)。一人称単数形。
・a(ア)・・呼びかけの接語。
・stór(ストール)・・「宝」。呼びかけとして「愛しい人」。
・mo(モ)・・「私の」。
・croí(クリー)・・「心」。
・ná(ナー)・・否定の接語。動詞の命令形の前につく。
・scaoil(スキール)・・二人称単数命令形としては、「放せ」。
・mé(メー)・・「私」。
・go deo(ゴァ ジョー)・・「ずっと」。


・存在動詞トーは、「〜がいる」、「〜がある」と、人や物の存在を表す動詞です。基本の語順はVSO。動詞+主語+目的語。
        トー メー. (私は存在する
  その意味では英語のbe動詞っぽいんですが、「〜だ」、「〜です」(例えば「私の名前は〜です」)という意味はありません。

・呼びかけの接語aは、後に続く名詞(や形容詞)の前から二番目にhを滑り込ませます(軟音化)。人名とかにaがついて音が柔らかくなったら呼びかけの形。
        Máireモーィレ(モイヤ)→a Mháireアウォーイレ(「モイヤ!」)
  が、頭がsの単語はsa,si,su,se,so,sl,sn,srのどれかで始まるものを除いて軟音化しません。ので、
        stórストール(宝)→a stórストール (「マイ・トレジャー!」)
        ・・日本語にできないよ。恋人に向かって「宝物ちゃんv」なんて普通に呼びかける習慣、日本にはないよ・・

・所有形容詞単数形moは、やっぱり後に続く名詞の頭を軟音化させてしまいます。
        croíクリー(心)→mo chroíフリー (マイ・スウィートハート)
        訳せないよ・・恋人に向かって「私のv」(以下略。
        taobhティーウ(横)→mo thaobhヒーウ (私の傍)

・辞書によると、astórストール mo chroíフリーで"My beloved"。
  そんで、mo(私の)もしくはdo(あなたの)+名詞の語尾に-saがくっついた場合、所有形容詞の意味を強調します。
        astórストール mo chroíフリー(最愛のあなたv)→a stórストール mo chroísaフリーサ私の最愛のあなたv)
        「我が心の宝石よ!」・・日本語だとギャグみたいですが、あちらのお国では普通の言い回しのようです。

単語帳
・bí(ビー)・・「(あなたが)いなさい」。
・liom(リォム)・・「私と」。
・is(イス)・・「そして」「〜と」。接続詞agusアガスの短縮形。英語のand。
・tabhairt(トールトゥ)・・「与えること」。tabhairトール(与える)の動名詞形。
・domh(ダヴ)・・「私に」。do(〜に、〜へ)の前置代名詞一人称単数形。
・misneach(ミシュナハ)・・「勇気」。
・gan(ガン)・・「〜なしに」。without
・eagla(アグラ)・・「恐怖」。
・orm(オラム)・・「私の上に」。arアル(〜の上に)の前置代名詞一人称単数形。
・sa(サ)・・前置詞i(〜の中に)と単数定冠詞anアンの縮約形。
・ceo(コー)・・「霧」。


・アイルランド語の辞書を引いてもdomhの意味が分からなかったので、スコットランド・ゲール語の辞書を引いてみました。すると、do(〜に、〜へ)の前置代名詞一人称単数形が、dhomhもしくはdomh。意味は「私に」。英語訳を見る限り、これで合ってる。方言?アイルランド語の方の辞書によると、doの一人称単数前置代名詞はdom。『コシュ・アーリゲ』によるとdhomだって。

・iとanの縮約形saは、後に続く名詞(頭が子音で、sa,si,su,se,so,sl,sn,sr,t,dのどれかで始まるものを除く)の頭に別の音をつけて、本来の頭の音を消してしまう(暗音化)、と『コシュ・アーリゲ』に書いてあります。ええと、
        baileバーリャ(故郷)→sa mbaileサ マーリャ(故郷に)
        ceoコー(霧)→sa gceoサ ゴー(霧の中に)
  ・・となるはずなんだけど、Bí liomの歌詞では、
        ceoコー(霧)→sa cheoサ キョー(霧の中に)
  何故か軟音化しとります。これ如何に?標準綴りではsaの後は軟音化?『ゲール語四週間』の例文でも軟音化してるし。
  軟音化、暗音化現象が起こる条件って、方言によって色々違うみたい。ややこしいな、ほんと。

とりあえずここまで直訳っぽく和訳すると、
 『私といて 私の最愛の人 ずっと放さないで
  私といて 勇気を与えてくれることで
  霧の中で私の上に恐怖はない』
動名詞tabhairtってこんな感じ?不自然な日本語だなぁ。

単語帳
・bí(ビー)・・「(あなたが)いなさい」。
・liom(リォム)・・「私と」。
・nach(ナッハ)・・英語のnot。否定の意味。
・fada(ファーダ)・・「長い」。
・'n・・定冠詞anの短縮形・・だと思う。手前にaがあるから?
・oíche(イーヒャ)・・「夜」。(イー)と発音することもある。'n oícheで(ニーヒャ)。
・gan(ガン)・・「〜なしに」。
・tú(ドァー)・・「あなた」。
・ag(エグ)・・「〜に」。英語のat。
・mo(モ)・・「私の」。
・taobh(ティーウ)・・「横」。

・nachはコピュラisの否定疑問現在形だったり、否定の間接関係小辞(接語)だったり、否定疑問を作る時に使う接語だったり、色々あります。
        Nachナッハ bhfuilウィル スィ? (Isn't she?)
 みたいな使い方を良くするんだけど・・あれ〜?この歌詞だと、命令文が頭にあるよ。否定すべき動詞はどこ?nach以下を分けて考えていいの?
 辞書によると、nachにはalmostの意味もあるらしいから、「ほぼ〜だが〜」って感じの意味だと勝手に判断。すごく自信がない。

単語帳
・suílfidh(シュィ)・・「歩くだろう」。síuilシュール(歩く、旅する)の未来形・・だと思う。
・mé(メー)・・「私」。
・amach(アマーヒ)・・「外へ」。
・ar(アル)・・「〜の上に」。
・imeall(イム)・・「端、稜線」。ar imeallで(アリム)。
・ag(エグ)・・「〜に」。
・cuartú(クアルトゥー)・・「探すこと」。cuaraighクアルタ(探す)の動名詞。
・ceol(キョール)・・「音楽」。
・binn(ビーン)・・「心地良い」。
・úr(ウール)・・「新しい」。

・ざっくばらんに言って、動詞(の語幹とゆーやつ)のお尻に-fidhとか-faidhとか-óidhとか-eoidhとか-ifidhとか-ífidhがついたら未来形です。
        síuilシュール(歩く)→síuilfidhシュイ(歩くだろう)
  suílfidhって・・辞書と綴り違うけど、たぶん英語訳を見る限り、これでいいハズ。
  んで、基本の語順はVSOなので、
        Síuilfidh amach〜. (私は〜の外に歩いていくだろう。)

『私といて 私の側にあなたがいない長いこの夜でも
私は縁の外に旅立つでしょう 新しい素敵な音楽を探すため』

単語帳
・bí(ビー)・・「(あなたが)いなさい」。
・liom(リォム)・・「私と」。
・ar(アル)・・「〜の上に」。
・lorg(ロラグ)・・「追う」。動名詞?ar lorgでin the track of
・síocháin(スィーハーン)・・「平和」。
・is(イス)・・and。
・saoirse(スィールシャ)・・「自由」。
・fadó(ファドー)・・「遠い昔の」。副詞。

・dúirt(ドゥールトゥ)・・「言った」。不規則動詞abairアーバィル(言う)の過去形。
・tú(ドァー)・・「あなた」。
・liom(リォム)・・「私と」。
・éist(イシュト)・・二人称単数の命令形としては、「聴いて!」あるいは「お黙り!」。
・fuaim(ファム)・・「音」。
・an(アン)・・単数定冠詞。
・cláirseach(クラールシャス)・・「ハープ」。
・sin(スィン)・・「あれは〜だ」。コピュラisイス(〜だ)と指示代名詞'in(あの)がくっついたもの。
・é(エー)・・「(彼)を」。離接代名詞。人称代名詞がその文章において脇役の時に使われる。よく分からん。
・ceol(キョール)・・「音楽」。
・binn(ビーン)・・「心地良い」。
・úr(ウール)・・「新しい」。

・規則動詞を過去形にするには、大雑把に言って頭が子音の動詞なら軟音化(頭から二番目にhを挿入)させたり、頭が母音の場合はd'をつけたり、頭がfの場合はd'をつけてhも挿入(つまり頭がd'fhに)という感じですが、不規則動詞は覚えるしかありません。
   辞書形abairアーバィルの過去形がdúirtドゥールトゥって・・ちなみに習慣現在形がdeirジェル、未来形はdéarfaidhジーァラ、動名詞はロー
   んで、やっぱり基本の語順はVSOなので、
        Dúirtドゥールトゥ ドァ liomリォム. (あなたが私に言った。)

・Sin éはよく使われる表現で、英語のthere is〜. éというのは男性名詞を指す離接代名詞なんだけど、この表現では何故か女性名詞にもつきます。なんか名詞そのものではなく、前の文章とか何とかを指すからと書いてあったけど、要するにセットで覚えればいいんだろコノヤロー。
        Sinスィン éエー anアン ceolキョール. (あれがその音楽だ。)


『私といて 平和と古の自由を追うために
あなたは私に言った 「音に耳を澄ませ!このハープに!」と
あれが新しい素敵な音楽』

はぁ・・つ、疲れた・・。以下、特にnachとかすごく自信ないけど、意訳っぽい何か。

 

一緒にいて頂戴 私の最愛なるあなた ずっと放さないでいて
あなたが傍にいて 勇気をくれるなら
私は霧の中を恐れはしないわ

一緒にいて頂戴 傍にあなたがいない この長い夜であっても
私は地平線を越えて行くでしょう 新しくて美しい音楽を探すために

一緒にいて頂戴 平和と そして古の自由を追いかけるために
あなたは私に言ったわね 「ハープの音に耳を傾けろ!」と
あれがその新しくて美しい音楽なのね



 あらたしき音とか妙なる調べとか古い言葉しか出て来ない頭なんで、あっさりと自然に訳せません。
 time strangerに去って行かれて、不安に揺れつつ旅立とうとしている場面。ついさっきまで赤の他人だったtime strangerに呼びかけてるんだとしたら、a stórストール mo chroísaフリーサっておかしいような気もするけど、どうなんだろう?心の支えとして恋人に呼びかけてるのかな?

※蛇足の蛇足の蛇足。
 冒険の幕開けを告げる「盲目のtime stranger」。ここで「ターロック・オ・カロランのことかー!」と思った人は、結構アイルランドに嵌まり込んでいると思う。
 Toirdhealbhach Ó Cearbhalláin(1670〜1738)は、アイルランド最後の偉大な吟遊詩人で、国民的偉人。ハープを携えて各地を巡りつつ、奏で、歌い、物語った人。彼の書いた曲は今でも数多く残され、演奏されている。
 日本盤の歌詞カードで、Moyaさんはアルバムの構想中にオカロランの本を読んでいたと書いているし、インタビューで「彼のことを暗示していると捉えてもいい」というようなことを言っていた気がする。ちょっとソースがどっか行ったけど。

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ここの文章書いた人はド素人です。
偉そうに大間違いを晒してる可能性大なので、要注意。

参考文献