Agnus Dei

その翌日、ヨハネはイエスが自分の方にこられるのを見て言った、
「見よ、世の罪を取り除く神の小羊。

――ヨハネによる福音書 1:29

Agnus Dei

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, miserere nobis.

Agnus Dei, qui tollis peccata mundi, dona nobis pacem.

 "Agnus Dei(アーニュス・デイ)"とは、※1教会ラテン語で「神の小羊」。新約聖書の古典ギリシア語原文では、「小羊」は"αμνός(アムス:本来はαの上に無気記号)"で、「傷や汚れのない捧げものとしての小羊」という、すごく限定的な意味の男性名詞。人類の罪を無原罪の一身に負って償うべく天から遣わされたイエス・キリストのことを、※2洗礼者ヨハネさんが「無垢なる生贄の羊」に例えたところから、カトリック教会の典礼文になったようです。Wikiによると、最初に"Agnus Dei"をミサに導入したのは教皇セルギウス1世(在位687-701)だとか。
 「小羊」だったり「羊の門」、「よい羊飼い」だったり、イエスも実にお忙しい方だ。
 ところで、この文章書いてる人は『聖書』を史料として、あるいは西洋絵画や漫画の元ネタ参照ぐらいにしか活用してない不届き者なんで、話半分に読み流して頂ければ幸いです。『聖☆おにいさん』大好きだ。


※1 教会ラテン語とは、主にカトリック教会において使われ続けている文語ラテン語のことです。口語としてのラテン語がロマンス諸語に分かれて幾星霜、中世に混乱はあったものの、実に保守的に古典ラテン語の文法が守られています。だから書き言葉としては特に区別する必要ないんだけど、発音はイタリア語に近く、長母音がしばしば短くなるようです。
 紀元前1世紀にカエサルやキケローが著した古典ラテン語については、「昔はこんな風に発音されてたんじゃね?」という研究がなされています。現在普及している“古典式”発音は、英語やイタリア語のような強弱式ではなく日本語のような高低式のアクセントで、vや母音に挟まれたsが濁らない、cは常に[k]音、hを発音するなどの特徴があります。日本語で書かれたラテン語の文法書は、この推測上の“古典式”発音を推奨し、また、ラテン語の学名及び歴史上の固有名詞についても、しばしば長母音は省略するけど“古典式”発音に準拠したカナが当てられることが多いので、私なんかは“古典式”の方が馴染みがあったり。塩野七生さんがお気に召されなくとも。そのような事情から、ここでは面倒くさく「教会ラテン語」と書きました。
 志方さん好きとして言いたいことは、「Hollow」のラテン語と「Agnus Dei」のラテン語、ちょっと発音違うよ〜って、ただそれだけなんだけど。
 カタカナ読みは、黒字が教会式発音、
青字が“古典式”発音を元につけています。別に青字いらんのですが、気分的に。

※2 『ヨハネによる福音書』を書いたヨハネさんと、その福音書の登場人物でイエスを「神の小羊」に例えるヨハネさんは別人です。キリスト教美術の世界では、前者を「福音書記者ヨハネ」とか「使徒ヨハネ」と呼び、後者を「洗礼者ヨハネ」と呼びます。「福音書記者ヨハネ」と、ゼベダイの子の「使徒ヨハネ」は別人じゃない?なんて論争は知ったことか。よくあるお名前だったみたいです。

ーニュス イ(ー) クィ ッリス(ーリス) ペッータ ンディー
Agnus Dei, qui tollis peccata mundi,
ーグヌス イー クィ ッリス(リス) ペッータ ンディー
名詞 名詞(deus) 関係代名詞 動詞(tollō) 名詞(peccātum) 名詞(mundus)
小羊 神の 〜であるところのそれ(男) (あなたが)取り去る 罪(複)を 世界の
The lamb of The God that (you) take away the sins of the world
世界の罪を取り去る神の小羊

āgnus(子羊)は、第2変化男性名詞で単数主格。
deīは第2変化男性名詞deus(神)の単数属格。
 ラテン語の名詞は、文中の役割によって格変化する。この「格」は主格、呼格、対格、属格、与格、奪格の6つで、また単数と複数でも違った形になるので、一つの名詞の変化形は12通り(同形含む)。
 主格と呼格は多くが同形。ただし、「第2変化名詞」の内-usで終わるものは、単数呼格が単数主格と違った形になる。「主が」は"dominus"だけど「主よ!」は"domine"。ややこしいことに、その中でも更に例外があって、例えばdeus(神)には単数呼格がない。なので、「神よ!」と言いたい時には"dee"ではなく、"deus"と主格で代用したり、やはり「神」を意味する別の名詞dīvusの呼格"dīve"を使ったりする。
 で、"āgnus"だけど・・"Agnus Dei!"で、よく「神の小羊よ!」と訳されてるけど、この名詞も単数呼格がなくて主格で代用するタイプなのかな?それともラテン語の聖書からそのまま引用したとか?


quīは関係代名詞。男性単数主格形。"Agnus"にかかる。
 関係代名詞や形容詞は、それがかかる先行詞や修飾する名詞の形に合わせて変化する。ラテン語には性が3つと格まであるので、単複男女で4通りに変化するイタリア語の形容詞よりだいぶ面倒くさい。3つの性、単数複数、格によって、変化するのは同形含む36通り(関係代名詞の場合は呼格がないので30通り)。古形を含めるともうちょい増えたり。

tollisは、第3活用他動詞tollō(挙げる、取り去る、捨てる)の直接法能動(未完了)現在二人称単数形。
 ラテン語の動詞は・・悪夢。法(直接法、接続法、不定法)、態{能動態、受動態}、系(未完了、完了)、時制(現在、過去、未来)、人称(一、二、三のそれぞれ単複)に応じて活用するので、分詞とかの性数格変化も合わせて、一つの動詞が100通り以上に屈折(変化)したりする。助動詞を伴った受動完了一二三人称単複男女中のパターンなんかも数に入れたら更にえらいことに。能動態だけ、受動態だけの動詞とか、特定の法や時系でしか使われない動詞もあるけど。規則動詞の規則変化が覚えられないってどういうことだ?・・いいもん、活用表とお友達だから。

peccātaは、第2変化中性名詞peccātum(過失、罪)の複数対格。
mundīは、第2変化男性名詞mundus(世界)の単数属格。

ミゼーレ ービス
miserere nobis.
ミセーレ ービース
動詞(misereor) 人称代名詞(nōs)
(あなたが)同情しろ 私たちを
pity us
我々を哀れんで下さい。

miserēreは、第2活用異態動詞misereor(〜を哀れむ、同情する)の命令法(二人称)単数形。
 異態動詞(verba dēpōnentia)とは、見かけは受動態なのに能動態の意味を持つ動詞のこと。日本語ではまだ文法用語が統一されてないみたいで、「能動態欠如動詞」とか「形式受動態動詞」とか、本によって違う。ギリシア語の「見かけは中・受動態、意味は能動態」の動詞を「異態動詞」って勉強したから私はそう呼んでるけど・・別に「デポネンティア」でもいいじゃん。漢語的表現の方が分かり易いと見せかけて余計に頭痛くなるし。

nōbīsは、一人称複数の人称代名詞nōs(私たち)の与格か奪格。この場合は与格。
 nōsも6通りに格変化する。呼格はないけど、属格が用法によって2通りあるから計6つ。ところで、"misereor+属格"で「〜を哀れむ」を表すので、文法的には"miserēre nostrī"もありだと思う。ここはnōbīsの方がtollisとリズムが合って詩文として綺麗だったんだろう。


ーナ(ー) ービス ーチェム
dona nobis pacem.
ーナー ービース ーケム
動詞(dōnō) 人称代名詞(nōs) 名詞(pāx)
(あなたが)与えろ 我々に 平和を
give us peace
我々に平和を与えて下さい。

dōnāは第1活用他動詞dōnō(与える、贈る)の命令法能動(二人称)単数形。
nōbīsは、一人称複数の人称代名詞nōs(私たち)の与格か奪格。この場合は与格。
pācemは第3変化c/g幹女性名詞pāxの単数対格形。
 "dōnō+与格+対格"で「(与格)に(対格)を与える」という意味になる。

 さて、花帰葬、箱庭世界における「神の小羊」とは?・・考えると、どん暗い気分になります。志方さんの「Agnus Dei」では、dona nobis pacemは歌っていません。ひたすら「世の罪を取り去る神の小羊、我らを哀れみ給え」の繰り返し。
 これはもう有名過ぎて、今更私が調べる意味はなかったけど、一応辞書引いて頭の体操してみました。元々自己満足なサイトなんだから何番煎じでもいいや。


参考文献
・『新約聖書』(日本聖書協会 1954改訳)
・"Wikipedia"(ウィキペディア英語版)

 歌詞は[Agnus Dei]の項目より