第3節.父と子
風月4日<スイロウジュの日>。
シェオフローリィ宮、城郭。
足元に雪が降り積もっている今、中庭を取り囲む幕壁は、いつもより随分と背が低い。その気になれば、九歳の子供にだって壁を乗り越えることができるだろう。
鋸壁の外側が断崖絶壁でなく、また、巡視路に弓兵がずらりと並んでいなければの話だが。
碧く晴れた空の下、冷酷な目つきをした兵士達に囲まれた中庭で、
琳は汗ばんだ両手に武器を握り締め、小柄な少女を睨みつけていた。
(父上・・)
琳はきつく唇を噛み締め、主塔の屋上から彼を見下ろす王の姿を見上げた。
王の右隣には王太子となった兄がいて、左には財務卿のクレイ・ジール=ユーンや将軍のバルダザール=ロッシ、その他琳の知らない偉い人達がいる。
雪のように美しい銀髪の持ち主は、琳に向かって優しく微笑み、軽く頷いた。
父の目を見て頷き返した琳は、手にしたフレイル――棍棒に、鎖で刺の生えた鉄球を繋げた武器――を振り下ろした。
血走った目をした娘は、琳の攻撃を避け、横に飛び退いた。そこを狙って再び武器を振り回すと、的は躓いて転んでしまう。
骨が砕ける音に、琳はびっくりして立ち竦んだ。
そろそろと武器を下ろし、相手が血を流していないことを確認する。スカートの下のパニエが、彼女の脚を守ったらしい。
琳は一瞬ほっとしたが、すぐに蒼褪めた。
少女の足首には枷がつけられ、伸び切った鎖の先には大きな鉄球がついている。彼女の今の体勢では、次の攻撃はもう避けられないだろう。
「・・王子様」
少女の声を聞いて、琳はびくっと震えた。
「やめて・・助けて下さい!」
「・・・・」
琳は、泣きそうな少女とほとんど同じ顔をして、主塔を見上げた。
父は相変わらず笑顔で、「さあ、やれ」と言わんばかりに手を振っている。
琳は、再び少女の顔を見つめた。
彼女は卑劣な悪人だと、王は言った。しかし、そこにいるのは、悪い奴に虐待されている可哀相な女の子にしか見えない。
(・・罪人を罰せよって、言われたんだ)
琳は、唾を飲み込んだ。
(父上は、王様だ。王様は、間違ったことは言わない)
父が、自分をここに連れて来てくれて、王家の一員として大切な教えを授けてくれると言った。尊敬する兄、王太子を暗殺しようとした犯人を、お前の手で罰して見せよと言ったのだ。
それは崇高な使命だった。初めて父親に与えられた任務だ。
琳は、今日まで一度も父に頭を撫でられたことがなかった。この仕事を成し遂げたら、もっと褒めてくれるだろう。
嬉しくて堪らなかった。中庭にやって来て、鎖に繋がれた少女を見るまでは。
(・・・なんだよ。なんなんだよ・・)
琳は、がたがたと震えていた。
戦場で、敵に斬りつけたことはある。だが、抵抗できない捕虜を痛めつけるのは恥ずべき行いであると教えられてきた。
(師匠・・これはいいことなんだよな?あの子は・・死刑囚で、悪い奴なんだよな?)
琳の師匠、クレイ=ユーンは、立派な男だ。少なくとも琳はそう思っている。
彼はいつも、弱き者を守り、常に公平な視点を持つのが王族たる者の務めだと言っていた。
(心の手綱の扱い方を覚えろ。今はまだ、間違った方向に暴走しても止めてくれる奴がいるだろう。だが、お前が大人になったら、もう引き戻してくれる奴はいないんだ)
師の言葉を暗唱しつつ、琳の不安は膨らんでいった。
その師は、昨日の朝早く、暇を告げることもなくペリード邸から立ち去ってしまった。アルブリヒト=ユーン卿の邸宅にも戻っていないらしく、行方不明だ。こんな時に。
(陛下・・父上・・)
王は、自分を過大評価しているのではないか?
自分はまだ手綱を取り方を覚えきっていないのに、止めてくれる人のいない所に連れて来られたのではないか?
高い所にいる大人達は、誰も琳と視線を合わせてくれない。師匠と同じ名前の財務卿は、特に冷たい目をしていた。
この場では、少女を殴ることが正義なのだ。とても奇妙なことだが、王と、他の偉い人達がそう言っているのだ。
十五、六歳ぐらいの女の子。倒れたまま、頭を抱えて泣いている・・
「う・・うぅ・・」
(俺、どうすりゃいいんだよ・・師匠・・なぁ、どうしたら・・)
円柱型の主塔と城郭を囲む四つの小塔の上には即席の座席が設けられ、王とその廷臣達が腰を下ろしている。
九歳の幼い王子と罪人の少女が引き出されて来る前には、そこで道化師が彼らをおちょくって滑稽な芝居を披露していた。
「どうも我が息子達は、どいつもこいつも奥手だな。せっかく女の下着が見えているのに、捲り上げてみようともせん」
琅珂は横目で、愉しそうな父親を見上げた。
琺夜国王、e葵。白鳥の羽より白い肉体と、底なし沼の汚泥よりもどす黒い心の持ち主。彼は明らかに、道化師の踊りよりもこの見世物を気に入っていた。
「・・あれは、そのようなことに興味を抱くには幼過ぎましょう」
「お前もだ。十二にもなって私生児の一人も拵える気配がないとは」
「・・貴様はガキの頃から碌でなしだったのだな」
琅珂は他の者達に聞こえないよう、小声で言った。
と、こめかみに裏拳を見舞われた。同時に、笑い声が上がる。
王が笑うと、阿るしか能のない臆病な家臣達も笑った。ぎこちない笑いではあったけれど。
「余とて、恋をしたこともあるのだぞ?悲しき哉、我が宵の明星、レーシュ・ド・シュエットを前にしては、女と呼べるような者がいないというだけの話だ。何度も試してみるが、その度に失望する」
琅珂の父親は悲しげに首を振り、左右色の違う瞳で中庭を見下ろした。
その表情はどこまでも若々しく、美しい。端正な口元に浮かんだ笑みは、子供のように無邪気。物憂げな眼差しは、世の無常に憂悶する隠者の如く奥深い。
まったく、悪人は醜い顔をしているなどと、一体誰が言ったのだろう?悪い心を抱く者は常に良心の呵責に苦しみ、肉体までも捻じ曲げてしまうなどと言った奴は、きっと本物の悪魔を見たことがなかったに違いない。他人の悲痛をどこまでも純粋に愉しむことができる者は、あるいは聖者よりも神々しい顔をしているかもしれないのに。
「琅よ。お前とて、霓葩の膝で眠ることができるなら何を差し出しても良いと思うだろう?」
「・・別に」
「もう少し育てば、攫いに行っても良いな。・・何だ?怒らんのか?」
「さっさと襲って返り討ちに遭うがいい」
今度は左の頬骨を手加減なしに殴られた。一発だけ。それで、「今はかなり機嫌がいいらしい」と琅珂は思った。
「母親は、あれよりずっと色気があった。彼女はどうして碧龍天楼になぞ行ってしまったのだろうな?天空の民はそれほど良いものかと思ったが、案外大したこともないぞ。奴らの血は強いようだがな。五人の子を作って、四人が金色になった。普通、鉄は黄金に勝るものだが」
「・・陛下が銀であったからでしょう」
琅珂は唇に滲んだ血を拭いながら、応答した。この男の頭の中は、本当に碌でもないことしかないらしい。
彼がセルズ人達を蹴散らして琺夜を占領した時、どうして民はこんな男に忠誠を誓ったのだろうか。例え異郷の王であれ、ベルゼゲルの方がまだしもまともな統治者であったろうに。
「そうか?お前は瞭桜よりも黒くなったぞ」
「・・あれはどういう意味があるのです?」
顎をしゃくって中庭に意識を向けさせると、王は肩を竦めて、長い脚を組み替えた。
「我が家の伝統だ。お前には、試したことはなかったな。あれで、我が子の性質が良く分かると、スノゥリィの祖先はそう言っている。十歳になる前が一番良いそうだ」
琅珂は、金髪の弟を見下ろした。
あれは、確かフォーゲルという名前だった。女を殴ることができず、震えている。
「・・翡は、」
「つまらなかったぞ」
王は、今思い出しても胸がむかつく、という顔をした。
「あれは、本当につまらなかった。痘痕面の殺人犯をくれてやったのだがな。縛られた者を殴るのは正義に反するとかほざいて、めそめそ泣くばかりであったわ」
琅珂は口の片端を上げた。父親に見えない側の。
「ファルツと玉葉は、痛めつけろと言っておるのに一撃で殴り殺してしまった。マルヴェの奴にも小娘をやったが、血みどろになるまで殴っておいてから、死んだと偽って密かに逃がしてやったらしい。アウグステなどは、自分の足に棍棒を落としたのだぞ!せっかく形のいい爪先をしておったのに。・・奴らはごく普通の悪党、偽善者、愚か者に育った。どれも気に食わん」
「・・・・」
「余の言うことを聞いたのは萌芽だけだ。フローめ、次はもっと長持ちする獲物を寄越せと文句をつけてきたがな」
琅珂は舌打ちをした。
天空の民の血を引く子供達の中で、王が琺夜の名前で呼ぶのはフルリールだけだ。どうやらこの父は、彼と自分とを比較的愛しているらしい。時々残酷な遊びに付き合わせては、気紛れに暴力を振るうことを「愛情」と呼べるなら。
五人の中で一人の例外というのは、茶髪のファルツのことかと思ったが、フルリールを示唆したのかもしれない。
「お前なら、どうしたかな?」
琅珂は腕を組んで、鉄球を引きずっている女を見た。
あの子供ときたら、何をまごついているのか。
(あんなものでは、生温い)
あれは、琅珂を殺そうとした女だ。侍女として自分の側に忍び寄り、薬剤師と手を組んで飲み物に水銀を混ぜ、あろうことか薬箱に毒の小瓶を潜ませて、罪をエパノス=アッシュダークに擦りつけようとまでした。
マルヴェは彼なりの忠告をしてくれたが、琅珂は友を助ける為に別の方法を取った。つまり、王の長年の親友であるグラジオ=アッシュダークに、息子が罠にかけられたことを教えてやったのだ。
王がグラジオから抗議と絶交の脅迫を受けて重い腰を上げなければ、彼女の罪は発覚しなかった。そして、彼女の恋人であった無実かもしれない侍従が絞首刑にされることもなかった。
アッシュダーク親子は、この主塔に席が用意されているにも拘らず、この場にいないが。
「あの女なら、挽き肉にしてやりましょう」
王は、物足りないようだった。
「・・できるだけ時間をかけて」
琅珂が言い足すと、王は満足そうに頷いた。
とは言え、所詮はフルリールの手先に過ぎない小物を潰したところで、大した気晴らしにもなりはすまい。
それよりも、あの綺麗な兄を刺付きの棍棒で殴れたら、気持ちがいいだろうに。まして、この父親なら尚更に。
「これはどういうことだ!!!?」
喧しい声に、琅珂は顔を顰めた。
中庭を囲む小塔の一つで、何やら騒動が起きている。
「・・む?」
そこに目を向けると、ちょっと凄いことになっていた。
塔の中から飛び出した男が一人、引きとめようとする衛兵達を振り払い、行く手を塞ぐ弓兵達を片っ端から殴り飛ばして、近づいて来る。
邪魔者を片付けて中庭に飛び降りた彼は、倒れている少女に駆け寄って、素手で鎖を引きちぎった。確か鋼鉄製だったような気がする鎖を。
それを見て、弓兵達が彼に向かって矢を放つ。
男は一度倒れたものの、すぐに起き上がった。右腿の裏と、肩甲骨の間。それぞれに突き立った矢が、ぽろりと雪の上に落ちる。
(魔法・・では、ないな)
服には血が滲み始めているが、どう見ても軽傷だ。信じ難いことだが、筋肉で鏃の侵入を止めてしまったらしい。何らかの超能力者だろうか。
「フェ・・・フェオ・・」
廷臣の一人が、声を上げた。
いつも厳しい顔をしているクレイ=ユーンが、ぽっかりと目を開けてわなわなと手を震わせている。
(フェオ・・あれが、小クレイか)
とは言え、弟のクレイはどうやら兄より大きい。琺夜族と思えないほど背が高いのは二人共同じだが、肉付きが悪く、栄養失調気味の兄と違って、弟は細身ながら筋張った体つきをしている。マルヴェが絶賛していたが、なるほど、数十人の兵をあっさりと伸してしまった。
「フローめ、しくじりおったな」
王が弾んだ声で呟くのを聞いて、琅珂は何となく察しがついた。
フルリールは逸早く情報を仕入れ、親友の身に危険が及ぶ前に逃がそうとしたのかもしれない。だが、彼はここにいる。
これは、父の謀略・・否、嫌がらせだろうか?その対象がフルリールである限り、一向に構わないが。
「師匠・・」
フォーゲルが泣き声を上げた。
罪人の少女に怪我がないことを確めたクレイは、居並ぶ見物人を、端から一人一人険しい目で睨めつけた。
「陛下・・どうかお許しを。あれは馬鹿者です。乱心しておるのです!斯様な愚弟ではございますが、これは断じて謀反ではございませぬ!何の真似だ、フェオ!?」
クレイ・ジールが、怒りと焦りと情けなさと媚びと、とにかく感情が入り混じった声で弟に呼びかけた。
「・・何の真似、だぁ?ざけんなよ。あんたらはこんな子供に、身も守れない女を殴らせようってのか?」
弟の感情は、シンプルだった。彼は、ただ怒り狂っていた。
いい目をしている、と琅珂は思った。
断固として我を通す男の目。クレイ・ジールの上着に描かれた、ユーン家の赤竜とそっくりな目。恐れるものが何もない王者か、己の行動が引き起こす事態について想像しようとしない馬鹿しかできない目だ。
(間違いなく、後者ではあろうがな)
「陛下と王太子殿下の御前だぞ!礼儀というものを知らんのか!」
クレイ・ジールは、許されるものなら「恐怖というものを」と言っていただろう。
クレイ・フェオは、気付いていなかったらしい。信じられないという顔で王を見つめて、ちょっと頭を下げた。
「陛下!無防備の乙女を打ち据えよというのがあなたの教える礼儀ですか!?」
「パリアよ!」
クレイ・ジールは慈愛の女神の名を叫んで、ひっくり返った。側にいたニコラ=ブティエ将軍が密かに笑う。次の宴席では、道化師が財務卿の間抜けな姿を再現して場を沸かせてくれるだろう。
王は、やはり笑っていた。
「琅、奴を挽き肉にしてもいいぞ。萌芽がどんな顔をするか見たいだろう?」
「・・・・」
琅珂は父の誘惑について、少し考えた。
それは、確かに楽しいだろう。父の手の上に乗せられた遊びだとしても。
「・・罪状は何です?奴が死を以って報いるほどの罪を犯したと?」
「つまらんことに拘るな。これを反逆ではないと誰が言う?必要とあらば、クレイに弟の愚行を証言させようぞ」
「好きにしてよろしいのですか?」
王が頷くと、琅珂は席を立った。
さて、どうしたものか。
内務卿の席を見たが、マルヴェもいない。彼は自分とフルリールの激突を避けたかったようだが、父が彼の努力を台無しにしようとしている。あの兄は、今頃どんな見当違いの場所を奔走しているのやら。
「フォーゲル=ペリード・クリスタロス」
呼びかけると、金髪の子供はぐしゃぐしゃになった顔を上げた。
一瞬、琅珂は怯んだ。翡がこんな顔をしている時は、いつもどうしていいか分からないのだ。
「・・もう、良い。武器を置くがいい」
口からそんな言葉が滑り出した途端、面白いことが起こった。
王が座席から転げ落ちそうになり、見ていた廷臣達の全員が目を剥いて王太子を見つめた。
(・・・間違えた)
もういいからさっさと撲殺しろと言うつもりが、話す相手をもう一人の弟だと錯覚したのか、いきなりしくじった。
背中に突き刺さる父の視線に、殺意が籠もる。
出してしまった声は口に戻せない。ここにいる連中全てを納得させるのに、どんな言い訳が必要か?
「そなたは・・騎士として必要な資質を示した。そなたは、あくまで弱き者を打鄭しなかった。・・王に命令されようとも」
周りが、「おお」と響めいた。常に殺戮と拷問の噂を付き纏わせ、王の寵愛厚い王太子が慈悲を示すなど、誰も想像すらしていなかっただろう。本人でさえ、そうなのだから。
「惨い試しであったが、良く耐えた。顔を上げよ。・・己の美質を恥じることなく誇りとせよ」
つらつらと、もっともらしい事を言ってみたが、父はまだ黙っている。黙っている内に事を収めねばなるまい。
フォーゲルは、なかなか気丈だった。
「我が君、お優しいお言葉、ありがとうございます」
などと謝辞をきちんと述べた後、武器を取り落とし、「ふえぇ」と情けない声を上げた。その後は、「師匠ぉ゛」と喚きながらクレイに駆け寄り、彼の脚を抱きしめて泣きじゃくる、ただの子供になってしまったが。
「・・・・」
クレイ・フェオは、琅珂のでっち上げた嘘に簡単に騙されてくれる子供ではなかった。
片手で優しくフォーゲルの頭を撫でてやりつつ、胡散臭そうな目でこちらを睨んでいる。
琅珂は、エパノスのことを考えた。
友は、自分を陥れた少女が惨殺されることを喜ぶだろうか?自分の責任でもない侍従の死に、心を痛めて塞ぎ込むような奴が。
「・・クロディーヌ」
名前を思い出して呼びかけると、石畳に伏せていた少女は、震えながら跪いた。
彼女は他人の迷惑を全く顧みない愚か者であったが、次からはもっと賢くなるだろう。良い方にか、悪い方にか。
「王太子の名において、お前に特赦を与える。フォーゲルに感謝せよ。二度と王宮で働くことは許さぬが、市民権は剥奪するまい」
言ってから、甘過ぎたかと思った。鼻を削ぎ落とすか、人手不足の王領農園にでも送って強制労働をさせるぐらいが妥当だったかもしれない。が、これはパフォーマンスだ。クロディーヌの運命などは、かなりどうでもいい。些末事に過ぎない。
「殿下・・感謝いたします・・感謝いたします・・」
泣きながら小さな声で礼を述べる女を無視して、琅珂はクレイに目を向けた。
「クレイ・フェオ=ユーン。そなたの話は聞いている。フォーゲルは、良い師を持ったようだ」
「・・・お褒めに与り・・、その、光栄です。・・殿下」
クレイは複雑な顔をして、頭を下げた。
この頃には、彼も迷い始めていた。自分は余計な手出しをしたのかと。だとしたら、何と言って詫びるべきかと。
「秀でた武人は数あれど、我が父上を恐れず諫言を呈す忠臣は稀だ。いずれ、余もそなたを必要とすることになろう。その時には、助力を願えるか?」
琅珂は、にっこりと微笑んだ。我ながら、どこまで遊ぶつもりなのだろう、と思いながら。
何やら目を白黒させていたクレイは、何故か赤くなって、鼻を擦った。
「ええと・・その、あ〜・・承知、致しました・・我が君」
「では、それまでよく弟の面倒を看てやってくれ。フォーゲルは立派な男になるだろう」
邪悪な父親があの子を捻じ曲げようとしなければ、と心の中で付け足して、琅珂は二人に退出を命じた。
「・・何をしたいのだ?」
静まり返った塔の上。背後から、王の不機嫌な声がした。
琅珂はとびきり凶悪な笑みを作って、振り向いた。
「陛下、私にも権力の本質が見えて参りました」
「本質、だと?」
王は、端正な鼻面に皺を寄せた。琅珂は、「従順だが侮れない息子」の仮面を被った。
e葵は、自分と同じぐらい邪悪で、しかも反抗的な僕を愛する。その僕が最後に屈服する限りにおいては。
「他人の命で賭けをすることです」
王は、両手を擦り合わせた。
「・・・楽しかったか?」
「病み付きになりそうです」
琅珂は、王の耳に顔を近づけた。
父の機嫌を取ってやるのは癪だが、クレイ・ジールと同じく、琅珂はそれが必要だと知っていた。
「あの男は、愚かな善人です。あれをフルリールに対して用いることをお許し頂けるならば、生皮を剥がして壁飾りにするより、良い策があります」
すると突然、王は何かを理解したかのように笑い出した。
「まるで萌芽や・・そう、玉葉のような考えだ。姉と示し合わせておったのか?」
「・・私もいつまでも子供ではございません。常に学んでおります」
「頭の弱いユーンの坊やは、お前が恩を売った気でおることすら気付いておるまい」
「いかにも。・・あれは正義の真似事にこそ、相応しい人物でありましょう。なればこそ、良いのです」
実のところ、琅珂には深い考えなど何もなかった。強いて言えば、父の企みからできるだけ離れた方向に事を運んでやりたかった。
変わった男と、今のところは翡のように育っている弟を、守ってやりたかった。せっかく一度救ったからには、貫徹すべきだろう。
これだけ思わせぶりに言っておいたら、父は勝手に言葉の裏を読んであれこれと想像を巡らせてくれるに違いない。
王は笑いながら、しかし疑い深い目を逸らさずに、ゆっくりと立ち上がった。
「正義の真似事とはな。よもや本気ではないかと信じそうになったぞ」
「まさか・・父上」
試みがまずまずうまくいったと確信した琅珂は、さっきクレイに向けたのと同じ笑みを浮かべた。
「私がそのつもりであれば、まずあなたの頭を肩の上から叩き落としておりましょう」
腹黒バトル第二戦、良心がない大人と良心が分からない子供。とりあえず子供の勝ち。
背景はルネサンス風のお城だけどシェオ・フローリィは基本中世風の無骨な城っす。金持ちペリード邸だけルネサンス以降。
まだ頭の中でちゃんとした見取り図が見えないので素敵素材を配置・・